ハピネス
いとう


ハピネス。
幸せについて語ろうとすれば
それは光のように輪郭をなぞって透けていく
影はすべて
光を雄弁に語るハピネス。
流れ、を捉えることが難しいのと同じくらいに
私たちが生き残るのはとても難しい

生き残り続ける神様
おでんの屋台でちくわぶを珍しそうに見ていた
「これはなんて名前?」
「ちくわぶ」
「へんな名前」
自分ならそんな名前はつけないと目の端で伝えている
確かにそうだ
神様が名付けたのではない
ちくわぶ。人が名付けた

すべからく
人の作ったものすべてに罪はない
と仮定するなら
人に名付けられたものすべてに罪はない
たとえば戦争、というよくわからない概念
ちくわぶの空の上にハピネス。
私たちが想像するその空の上
そこにどのような概念があろうと
それはフィクションであり実在の人物及び団体とはいっさい関係ありません


「バーリドゥ、ウンム、バーリドゥ」と言いながら息子は息を引き取りました。空襲警報が鳴って、飛び起きて、でも息を潜める間もなく轟音が、真っ白になって、気づいたら息子を抱えていました。今思うとどこかに破片が刺さって、だから真っ赤で、でもだんだん黒くなって、手で押さえて、押さえているのにウンム、ウンムって砂煙が舞い上がって、傷口が見えません。前が見えません。今も見えません。


ハピネス。
say ハピネス。
抱きしめられる心音のひとつひとつに
罪は宿っているのです
バファリンの半分が優しさでできているのなら
人間、と呼ばれるものの半分は罪でできている
確実に、ハピネス。
抱きしめられた息子の心音に、ハピネス。
止まろうとする血の流れに、ハピネス。
もう一度言ってみる
私たちが生き残るのはとても難しい

「私のせいではない」と
神様はちくわぶをモソモソと食べ続ける
人によって名付けられたものを食べ続け
神様はさらに生き残る
私は知らない
私は何もしていない
私、というものが存在するのなら
私が名付けたものは存在しない
ハピネス。
息子を殺したのはミサイルではない
戦争、という不可思議な概念でもない
そしてもちろん私でもないので
私は生き残る
私に罪はない
私ですら、名付けられたものに過ぎない
ハピネス。







※「バーリドゥ、ウンム、バーリドゥ」…アラビア語。「寒いよ、母さん、寒いよ」

初出:暫定 フルーツバリケード「定義」
http://fiction.jp/~letsla/



自由詩 ハピネス Copyright いとう 2003-05-12 00:21:37
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