妹のはじまり
岡部淳太郎

この時代、未熟な力が求められている。いまだ生まれえない、いつ
までも成長することのない力。たとえば秋のにおいのする草原に行
けば、妹という名の下にそれはごろごろと転がっている。妹のやわ
らかさを、疲労した男たちは求めているのだ。だが、生まれた順番
を変えることはけっして出来ないのだから、妹はいつまで経っても
妹でしかありえず、それは妹が成長して六人の孫を持つ老婆になっ
ても変ることはない。親からお兄ちゃんなんだからしっかりしなさ
いという、理不尽な叱られ方をするのが兄の宿命であるように、妹
は遅く生まれた者であるがゆえの特権を持つに過ぎない。妹もやが
て男をつくり、家を出て、いやらしくなるだろう。その間にも、妹
は妹としてふるまうことが許されるのだ。しかし、私のように実際
に妹のいた身にとってみれば、妹は単に数年分の欠落を除くほとん
どの時間をともに過ごしてきた人間に過ぎず、それ以上でもそれ以
下でもない。妹が妹であるためにはその上に兄や姉が必要なはずだ
が、同時にその下にさらに若い妹や弟がいる可能性も否定できない。
だから、妹であるというだけでそこに未熟な力を期待しても、当の
妹にとってみればありがた迷惑でしかないのかもしれない。この時
代、世界のあらゆるところで力の減退が叫ばれ、それが目に見える
形で顕著になってきており、人類は無意識のうちにそれに脅えてい
る。われわれはもはや、限りなく進化しつづける生命ではありえな
いということが立証されつつある。だからこそ、特に力の発現を求
められてきた男たちの間に、妹信仰が蔓延してきたのであろう。い
まや力よりも非力の時、というわけである。風がさらさらといやら
しく頬を撫でて、その間にも太陽は確実に沈んでいく。私の妹はも
はや消え去り、私の背後の遠い秋のにおいのする草原では、男たち
が一年中春であるかのような妄想をたくましくさせて、妹を求めて
絶えずうろついている。彼等の足下のくさむらから、彼等の汚れを
背負って、見知らぬ妹たちの時間がゆっくりとはじまりつつある。



(二〇〇七年十月)


自由詩 妹のはじまり Copyright 岡部淳太郎 2007-10-18 22:55:34
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