迷途
ならぢゅん(矮猫亭)

いつからだろう。男はいつも間違った場所にいた。間違った道を間違った方向に間違った歩き方で歩いていた。だから思いもかけない三叉路に出くわし、驚かされることもしょっちゅうだった。そんなとき男は必ず自分の考えとは逆の方に進んでしまう。まれには思った通りに足を運べることもあったが、それはそれで、そもそも間違った道を選んでしまっていた。もうどこにも出口はなかった。

ある朝、男は珍しく車で出かけた。これもまた別の誤りの始まりであった。いつもの間違いが加速を重ね、あっというまに見知らぬ土地へと男を連れ去った。男は途方にくれた。どこにでもあるような、これといった特徴もない住宅街をのろのろとさまよった。ちょうど下校の時刻なのだろう。ランドセルをしょった子どもたちが怪訝そうにこちらを見ている。その視線に気をとられた瞬間、仔猫が車の前を横切った。

男はとっさにブレーキを踏もうとした。だが、その判断が本当に正しいのか、ひどく疑わしく思われた。男は躊躇した。迷った。仔猫の姿が消えた。仔猫の身体は軽過ぎて、微かな衝撃さえ残さない。ミラーの中で二、三度大きく跳ね、それきり動かなくなった。車道を渡り終えていた母猫が仔猫のもとに戻ってきた。しばらく我が子の耳や背を舐めていたが、一向に目覚める気配もなく、とうとう諦めて去って行った。

男は車を止め、ハンドルに顔を伏せた。通りすぎる子どもたちの冷たい視線。何台かの車が反対車線を抜き去って行った。あれから何時間たったのだろう。フロントガラスの向こうから赤い光が差し込んできた。ふと顔を上げると、いつまでもまっすぐな道の果てに太陽が低くぶら下がっている。男はエンジンをかけ、アクセルを踏んだ。どこまでも西へ。日の沈む場所へ。そこが出口でなくても構わない。

そのころ子どもたちは、母親に耳を引っ張られたり、背中を叩かれたりしながら、布団にしがみついていた。朝が来るのはいつも早すぎる。死んだ仔猫の夢が未だ頭の中でざらついていた。

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自由詩 迷途 Copyright ならぢゅん(矮猫亭) 2003-08-29 12:53:42
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