無題(出会ったのは夏のこと〜)
カワグチタケシ

 出会ったのは夏のこと。それから、秋になるまで歩きつづけた。何も持たずに僕らは歩いた。夕暮れから夜になるまで。砂を踏む足音はやがて、乾いた枯葉色に染まっていった。 

 荷物を持たずに歩く僕ら。足音の下には緑道があって、緑道の下には川が流れている。緑道は川の流れに沿って曲がり、川の流れがアスファルトを通して足の裏に伝わってくる。

 東京のアスファルトをめくると江戸があり、江戸の下を川が流れている。暗渠のさらに下、地中深く、地図にない道がある。地下水脈。

 緑道のアスファルトに左耳をつけて、地下水脈を探すひと。そのまぶたは閉じられている。水脈が振動させる鼓膜。振動は三半規管から耳骨に伝わり、その右手は僕の左手に握られている。

 かすかな振動がふたりのあいだで増幅されていく。

 僕はアスファルトに背中をあずけて、東京の空のわずかな星を見上げる。流星群が去ったあとの空は、夏休みの校舎のようにひっそりしている。

 江戸の響きが背筋に伝わってくる。川の流れが腰椎に届く。地下水脈は闇のなかを流れ、やがて数百年の時を経て、僕らのなかに流れ込む。


自由詩 無題(出会ったのは夏のこと〜) Copyright カワグチタケシ 2007-10-14 23:08:46
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