無題(出会ったのは夏のこと〜)
カワグチタケシ
出会ったのは夏のこと。それから、秋になるまで歩きつづけた。何も持たずに僕らは歩いた。夕暮れから夜になるまで。砂を踏む足音はやがて、乾いた枯葉色に染まっていった。
荷物を持たずに歩く僕ら。足音の下には緑道があって、緑道の下には川が流れている。緑道は川の流れに沿って曲がり、川の流れがアスファルトを通して足の裏に伝わってくる。
東京のアスファルトをめくると江戸があり、江戸の下を川が流れている。暗渠のさらに下、地中深く、地図にない道がある。地下水脈。
緑道のアスファルトに左耳をつけて、地下水脈を探すひと。そのまぶたは閉じられている。水脈が振動させる鼓膜。振動は三半規管から耳骨に伝わり、その右手は僕の左手に握られている。
かすかな振動がふたりのあいだで増幅されていく。
僕はアスファルトに背中をあずけて、東京の空のわずかな星を見上げる。流星群が去ったあとの空は、夏休みの校舎のようにひっそりしている。
江戸の響きが背筋に伝わってくる。川の流れが腰椎に届く。地下水脈は闇のなかを流れ、やがて数百年の時を経て、僕らのなかに流れ込む。