—時間の扉—
九鬼ゑ女

「待っててね」
って、そう言われたあたしは

・・・待ってるわ
心の中でそう答えながら
じっと長いこと此処で佇んでいた

何処から現れたのか
黒猫がね
足元に擦り擦りしながら
あたしに愛をねだりにきたわ

あたしはポシェットから鍵束を取り出して
猫に見せたの
「ねえ、どれがいい」って言う風にね

猫はなあんだっていう風に
半分呆れ顔で、それでも
真ん中の一番古そうな錆び付いた鍵を指差した
そして
長い舌でぺろりと嘗め回してから
自分の人生には必要ないからって
ぷいと何処かに行ってしまったの

確かにお魚の臭いも味もしなかったけど
よく見ると、真ん中の鍵には
こう刻んであったわ

   『時間の扉』

だからあたしは小躍りしながら
その鍵を
あたしの鍵穴に入れてみたの
ぴったりだったわ
だってね、ちゃんと、かちっと鍵の開く音がしたもの

でも、
向こう側からは、やっぱり
「待っててね」って声がしたので
慌てて
あたしは鍵を抜くと
元の鍵束にそれを返し、またポシェットの奥に仕舞い込んだ

するとさっきの黒猫が
お詫びのつもりなのか
一匹の魚をくわえてあたしの前に置いたのよ

まだ生きていたその?い魚は
透明な時間の釣り糸を口から垂らして
苦しそうにひくひくと身をよじると
ひとこと
こう言って息絶えたわ
「待っててね」

黒猫は
涙を流すあたしを見あげて
一緒に鳴いてくれたんだけどね

でもその鳴き声も、やっぱり
「待っててね」と聞こえた気がして
あたしは思わず耳をふさいで
叫んだわ

そう・・・・
「待っててね」とあたしは
あたしに向かって叫んでいたのよ


自由詩 —時間の扉— Copyright 九鬼ゑ女 2007-10-05 04:49:18
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