にんぷ専用車両
佐野権太

そこはいつも
清潔な湿度と
せつないじゅうりょくの
香りにみちている

身ごもったおんなたち
髪を横に束ね
しずかにもたれている
雑誌をうつくしく取りだし
うつくしくめくる
とろとろとながれる車窓の
あらゆる生き物の
まるいみらいを思いやる

だれもが
ひだまりの
みるくのような
やさしい頬をしていて
揃えた少女の指さきで
ふくらみゆく宇宙の
たゆたうりずむに
まかせている

音もなく車両がとまると
マタニティたちは
それぞれの淡い尾ひれをひるがえ
開放された窓々から
整然と泳ぎだす

ホームで待ち構えた
亭主たちが
そのおもさを
じょうずに受けとめている







自由詩 にんぷ専用車両 Copyright 佐野権太 2007-10-04 09:41:51
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