出会った人々についての話
吉田ぐんじょう



駐車場で暮らす人と知り合いになった
駐車場の
車一台分に四角く区切られたスペースに
うまくお布団を敷いて
机を置いて
入れ替わり立ち替わりする車のヘッドライトを灯りにし
雨が降れば傘を差しながら読書をするような
そんな人だった

招かれたので
お邪魔します
と靴のまま入ったら
土足厳禁です
と怒られた

ずっとここにいるから
いつでも遊びにおいで
と言って笑っていたあの人だったが
先日遊びに行ったらもういなくなっていた
ケーサツが来て
連れて行ってしまったのだそうだ

どこの誰でも同じことだが
気づいたときにはもういない
あの人ももう
戻ってくることはないだろう

わたしは差し入れの三ツ矢サイダーを
二つとも飲んでしまってから
空を仰いだ
最後まで名前を知らないままだったな
と思いながら


虫をたくさん飼っている人に会ったことがある
その人はおなかの虫を始め
体中の到るところに
様々な虫をさ迷わせているような人だったけれども
わたしとは遠い親戚に当たるらしく
法事の席で隣合わせになった
その人はずいぶん長いこと
むじむじと動きながら正座をしていたが
読経が終わると
様子を観察していたわたしを悪戯っぽく見やって
足を少し持ち上げて見せた
すると足の裏から
ざらざらざら
と黒い小さな虫が滝のように流れ落ちてきた
そして呆気に取られているわたしに
この虫が血管の中に入り込んで
足を痺れさせるのだ
と囁いたのだった

その人は頭がおかしいという噂だったけれど
わたしにとってはずいぶんとまともな人に見えた

それ以来一度も会っていなかったけれど
つい先日
その人の死亡を知らせる電話が実家にあった
話によれば
その人の体からは
死んで随分経ってからも
いろいろな形の虫が這い出てきていたらしい

お葬式は虫がすっかり出てからおこなわれる
とのことだった


海の中で生きている人に会った
正確に言えば
その人の周囲だけ
海の中に見えるような状態にある人に会った
と言うべきだろうけれど

その人とすれ違った瞬間
網膜の四隅から白い泡じみたものが浮かび上がり
町は一瞬にして
美しい海底となった
電柱は海草のようにそびえ立って揺らぎ
走る車は無愛想な鮫のようで
その中を悠然と歩くその人は
きれいな貝のように見えた

無理やり殻を砕いて食べてしまったら
やはり怒られるだろうか
その人が行ってしまったあと
途端に元に戻ってしまった町で
立ちすくんだまま
わたしはずいぶん思案していた




自由詩 出会った人々についての話 Copyright 吉田ぐんじょう 2007-09-28 16:46:05
notebook Home 戻る