鬼になった子供(鬼吉と春一番)
板谷みきょう

 「ぐるり山」に囲まれたこの村だで、こん時期になると、ホレ、アノ屏風山から山おろしがごぉごぉってな。
 丁度わしが、オメェ位の時に今日みてぇな晩だ。ばっちゃが、その又ばっちゃからから聞いた話を聞かせてくれたんだ。
 仕方無いべさ。今日はまだオメェのとっちゃもかっちゃも帰って来れねんだから。 まぁ良いから床さ入ってれ。聞いても聞かんくても寝てれって。
 むかぁしの話だで、みいんな忘れてしまってるべ。それで良んだ。それでな。
 澄乃って云う娘が居たそうだ。それがめんこい娘で、たいした気立ての優しい娘で、幼なじみで吉って男が居たそうだ。たいした仲良く、村の子供ら皆で、いっつもホレ、「ふもとの原」だとか、「ぬらくら川」で遊んでたんだと。
 ところがある時、吉が奇病に取り憑かれての。幾晩かの熱の後、角が二本。でこと頭の間、こめかみのちょっと上あたりだ。生えてきたんだて。そりゃ、大騒ぎだ、なにしろ人間様に角が生えたんだからの。だけど、誰も吉に面と向かっては言わんわ。村の長んとこさ皆、夜中に集まっては、額を寄せ合い喋ってたとよ。長老は村始まっての初めてのことだって言うし、お寺さんは、村に禍いが来るかも知んねって。
まあ、そんな話をしてたんだべ。昼間、村のもんは、口つぐんでしまって通り過ぎる吉を薄気味悪そうに横目でチロ、チロってな。そうなると今まで遊んでた子供らだって、はっきりは解らんくてもなんとなしに感ずるんだべ。皆で仲間はずれにするわ、とり囲んでは、はやしたてるわ。
吉は鬼の子、鬼太郎
吉は鬼の子、鬼太郎
ってな。
澄乃は一番悩んだと。そりゃそうだべさ。幼馴染みだしな。まぁ、こりゃきっと、吉に想いを寄せとったんだべ。吉と今まで通り遊んでおれば、皆から仲間はずれにされるべし、親からは叱られるべし。かといって吉とは仲良くしてたいしっての。
ほとほと疲れての、澄乃は垣根越し吉に向かって言ったんだとよ。
「もう、遊びに来ねぇでけれ。」っての。
吉は、それをどう受けとったもんやら、ぷいと消えてしまったんだと。
それから暫くしてだ。きこりの間から噂になったのが吉のことよ。なんでも屏風山の奥深く、獣をむさぼり、草をくらって鬼になったっちゅうての。それは、恐ろしかったべな。皆で仲間はずれにした事にうしろめたさがあるもんな。でも一人だけ安心してたのが澄乃よ。吉の姿が消えてから、心配と後悔で眠れん夜が幾晩続いたか。村のもんが村に来んでほしいと願った時でも、一人もどって来て欲しいと思ってたんだと。いろりを囲んで、村の者が話し合ってな、お寺さんが仏様に願いを掛けたんぢゃ。鬼となった吉が村に入れねぇようにとな。澄乃ってば、そんな事とは露知らず、吉の来るのを楽しみに待ってたんだと。
私の吉よ、いつ帰る
人の姿で帰るのか
鬼の姿で帰るのか
どちらにしても
吉よ吉
その唄声が辻々を巡ってる間に、いろんな鳥達が真似をして歌う様になったんだと。キチ、キチ、キチってな。
何年たったか解んねぇ。一年なもんだか十年なもんだか。それが屏風山まで届いたんだと。そん時だ。真っ赤な火みてえに真っ赤な、おっかねえ顔した鬼が、ものすごい形相で村さ向かったのは。はやて風みてぇにな。そん時、鬼は思ってたんだと。もう鬼にはなれねえってな。悔やみ切れずに屏風山から風みてぇに村さ向かっての。悔やんでも、悔やんでも、人間には戻れねえっての。それが、吉だ、吉だったんだとよ。ごおっごおってな、音をたててすげえ速さでよ。
したけど、村に着いた時には鬼の姿は消えておって、澄乃の家の垣根を揺らしたのは、春一番だったんだとよ。なしてかってか。なしてって、村のもんがお寺さん通して、仏様に鬼が村に入れねぇ様に願掛けしたからだべや。
ん、何だって。なしてわしがこの話、知ってるってか。喋るってか。わしが澄乃だからよ。って、オメェみたいにわしが聞いたっけ、ばっちゃんは答えてくれたもんだ。ホレ、いいから。もう寝れ。

わしの話だっきゃ、これでおしまいだじゃあ。

【鬼になった子供】戯曲作品
http://ichigyo.web.fc2.com/child-who-became-it.pdf



散文(批評随筆小説等) 鬼になった子供(鬼吉と春一番) Copyright 板谷みきょう 2007-09-18 20:33:19
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