バタフライ
藤原有絵

恋人同士の言葉が
私の夏を少し惑わせて
環状線の波に酔う

頬を染めた女子高生達の
隠しきれない純朴さ
物語の行間にちらちら盗み見る

同じ早さで揺られて
全ての人は
各々の街に帰っていくのに
日増しに広がる胸の空白に捕われて
私はどんどん帰る場所を失い続ける


切なくなると
思い出す恋人の胸の中は
理由が無いと飛び込まない事に決めているから
その事で泣かない事に誇りをもっている

車掌がアナウンスを間違えて
次の駅が私の行き先を
そっと差し替える

切なくなんてない

背筋を伸ばして
焦げていく空の色を見ていたら

思い出す
永遠の一瞬

引力に美しく添って
傾けた腕からのカーブ
指先に留る
夕凪の蝶
計算を遥かに越えた
しなやかな恋人の中指

橙を翻して
弾けるように離れた刹那
世界は正しく動き出した
だから もう
って
あの言葉の続きを想うとき
まだ焦る心が蘇って

弾かれるように

環状線の扉の前に
手を添える私がいる

背筋を伸ばしたままの一歩は
優雅に髪をなびかせて
幼い花達の純朴さを過る

焦げた空が
熱を失う前に
理由をひねり出す前に

飛んでいく

あのしなやかな指先に留るために

ホームの白線を左足で跨いで
一瞬だけ車内を振り返る

私はそこにいない

どこにもいない





自由詩 バタフライ Copyright 藤原有絵 2007-09-17 02:16:24
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