オクノホソミチ 〜KAZANAGI風味〜
Rin.



序 
月日は百代の過客、なんですが


 恥かしいことに、つい最近まで「弁慶の泣き所」のことを「権兵衛の打ち所」だと思っていた。真実を知らされたとき、プチショックを受けた。
 よく「天然?」と言われる。が、天然の意味がいまひとつ分からない。だが、相手によって声を3オクターブほど上げて、「あたしわかんな〜い。」というタイプの、いわゆる「養殖ボケ」ではない。最近流行の鼻声もよほど風邪をひいていない限り使えない。だから世に言う「天然」というヤツなのかも知れない。
 思えば昔からこんな感じだった。ン年前の高校生の時に、文集かなにかのために書いた文章が発掘された。それを読み返したところ、いまといささかも違わない。そのことに、権兵衛なみにショックを受けた。

 月日は百代の過客。われもまた百代の「天然」人生の過客なのかも知れない。発掘された、「非常に時代を感じる旅行記」をここに記しておく。題して「オクノホソミチ 〜KAZANAGI風味〜」はじまり、はじまり。



第一段
皆知らぬ 合歓へと向かう 初旅行


 とある夏休み。私達、名付けて「おとぼけ5人衆」は、「合歓の里」というところに旅行に出かけた。面倒なことが嫌いなはずなのに、私はなぜか幹事役を引き受けることになってしまった。だから、旅行会社で申し込みをしたのは間違い無く私なのである。なのにその私が「合歓の里」とやらが、何県のどこに属する里なのかを全然知らなかった。実は未だに知らない。もちろん幹事なんていう大役を私に任せた残りの4人が知るはずもなく・・・。しかも、どうしてそんなところに行くことになったのか、というのがまた私達らしくまぬけていた。「旅行行きたいねえ。」「うん、行きたいねえ。」といった会話が交錯するばかりで、旅行には予約が必要なことをみんなして考えていなかったのだ。だから当然、夏休み直前に旅行会社にかけこんでみたら、ここか、「風渚家」(仮名)というどことなくひなびた温泉旅館しか空きがないというのだ。個人的には温泉に行きたかったが、これでも気の弱い幹事である。「独断と偏見で決めたら怒られそう・・・。」と、一応みんなに電話でどっちがいいかを聞いてみた。
 案の定、「風渚家」は、名前からしてあやしいだの、そもそも温泉というのに若さがないだのと散々罵倒の末、「風渚家」案は一蹴ならず十蹴くらいされてしまった。温泉に行きたかった私は、自分が「若さがない」と言われた気がして少々へこんだ。思い当たる節があるだけにますます哀しくなる。でも、名前だけで却下された「風渚家」よりはましな立場かな?と、これまた淋しい気の取り直し方をしたのであった。
 さて、そんなこんなで、おとぼけ5人衆は、どこにあるかも分からない「秘境・合歓の里」へと向かうことになったのである。
 5人とは、私と、遅刻の女王のユカリ、気のきついハルカ、マイペースのユウコ、スローペースのカヨである。(いずれも仮名)なんとなく説明書きをつけてみたが、彼女たちのキャラはもっと濃い。だからこそ、なんとも忘れ難い旅になったのだが。



第二段
指定席 隣は何を する人ぞ


 発車5分前に待ち合わせをしたことを、わたしはすごく後悔した。ユカリのことを忘れていた。彼女の遅刻癖はとにかくすごい。家が近いからよく一緒に出かけるが、いつも待たされている。家のチャイムを鳴らすと、まず応答するまでに2分はかかる。それからドアを開けてくれるまでに、少なくとも5分。出発できるまでには、さらに10分あまりの時間を要するのだ。もしこれが、つきあっている男なら、間違いなくオシマイであろう。一度ユカリに、なぜ返事をしてからドアを開けるまであれほど時間がかかるのかと聞いてみたことがあった。出られない事情があるならいっそ居留守を使ってくれたほうが、こちらとしても身動きが取れてありがたい。彼女は、着替えているから、と言ったが、真実は今も謎のままである。そんなユカリも、今回は3分の遅刻ですみ、私達はなんとか電車に乗ることができた。
 ホームに電車がきた。指定席。4人分は固まって席がとれたのだが、1人分だけ離れている。もちろんジャンケンだ。
 「ひとりもんが負け!」
勢いよく私はチョキを出してしまった。少ない者が負ける場合、チョキなんてマイナーなものをだすのは自爆行為である。こういう時は、パーかグーが相場と決まっている。なのに何を思ったか、私の手からは、憎々しい2本の指がニョッキリ笑って突き出ていた。
 ひとりはみだした私は仕方なく、となりのおじさんの観察を始めた。車内はそんなに冷房がきいているわけではなかった。が、おじさんはずっとズルズル鼻をすすっている。どうやら夏風邪らしい。彼はティッシュを1枚取り出すと、ぢーん、と鼻をかんだ。半端じゃなくすごい音に、私はすこし身を廊下側に寄せた。身の安全が保証されたとたん、私はおじさんが心配になった。はたしてティッシュ1枚で足りたのだろうか。あの音から察する限り、とてもじゃないけれど足りるはずがない。私はおそるおそる横目で右を見た。なんとか1枚で間に合っているようだ。その使用済みのティッシュ、どうするのかな?私はまた変な好奇心にかられ、おじさんから目が離せなくなった。彼のティッシュを持った手は、落ち着かない様子だったが、私の方をちらっと見ると、そそくさとそれをポケットにしまいこんだ。灰皿などに押し込まなかったのは素晴らしいことだが、私は、その背広を洗濯するクリ−ニング屋さんのことを考えて少し同情をした。
 通路を挟んで3列ほど前に、ハルカとユウコの背中が見える。椅子を180度回転させて、ユカリとカヨがこちらを向いて座っている。彼女達の声はとてつもなく大きい。なかでもとりわけハルカの声が目立つ。みんながいうには、私の声はハルカよりはるかにやかましいらしい。大きさはあまり変わらないが、高さが彼女より数段上だというのだ。「うー、あれよりうるさいのか。」私はちょっと反省した。将来キンキン声が原因で夫に殺されるかもしれない。気をつけよう。相変わらずハルカの声が響く。なにやらもめているようだ。
 ここだけの話、でもないが私は究極にジ僕耳だ。しかし、地獄耳でなくとも聞こえるボリュームで、「ヤル気がないなら抜けてくれない?」と、そう言っている。後から聞いた話だが、4人で「古今東西」ゲームをやっていたらしい。リズム感をたっぷり必要とする、あのゲームだ。ところが、マイペースのユウコはなんとかついてこられるのだが、スローペースのカヨがいつもリズムを崩すという。カヨの番が来る度にゲームが中断しては、話にならない。とうとうハルカがプッツンしたらしい。カヨも、わざとなわけではないだけに、きゅーっとなってしまい、しばらく気まずい空気が流れたようである。運悪く隣近所に座ってしまった乗客たちはきっと、ずっと気まずいままでいてほしかったであろう。せっかく静寂が訪れたのに、4人は、こんどはリズム感など全く必要としないしりとりを始めた。かわいそうに乗客たちは、乳酸かなにかの疲労物質を山ほどためて、電車を降りていった。運が悪かったのは私の隣のおじさんも同じであった。彼は、夜のおしゃべりタイムのネタになってしまい、見ず知らずの我々にさんざん笑われたからである。



第三段
昼食に 1200円 涙かな


 電車から降りて、タクシーに乗り、私達は「合歓の里」に着いた。どこにあるか分からない所だって、時間通りに切符を持って電車に乗れさえすれば、ちゃんと着けるものだ。私はホヘーっと感心した。とりあえず昼食をとろうということで、ホテルのレストランに入った。ホテルの食事はどうしてこんなに高いのだろう。一番安いので、1200円の「魚貝類のスパゲッティー」である。みんな空腹に耐え切れず、泣く泣くそれを注文した。
 「なんかさ、魚貝類のスパゲッティーなら上等そうでおいしそうやけど、もしこれが魚類のスパゲッティーっていう名前やったら嫌じゃない?」
 「うん・・・。魚類ってなんか生々しくて嫌やなあ。」
なんの品格もない話題のなか、当のスパゲッティーが運ばれてきた。それはサーモンサーモンした風合いのクリームソースの上に、シジミのようにちっちゃいアサリが3つばかりはいった、本当に「魚類の」というより「魚の」スパゲッティーであった。



第四段
空いてれば ジュゴンもナンパ されるのよ


 プールがあるというのでいってみることにした。ハルカとカヨは体調が良くないというので、部屋でくつろぐと言った。ユカリもユウコも、「あの2人、仲良く2時間も待っててくれるかなあ。」などと言っていたが、私がトイレに行っている間に、さっさとプールのほうへ歩き出していた。
 3人とも水着姿になった。が、だあれも色っぽくない。みんなそろって、スクール水着に毛が生えた、いやいや、フリルがついた程度のワンピース型。ぽてぽてのおなかが、ビキニなんていう洒落たものを拒否したのだ。しかも、私の水着はバーゲンで3000円ほどで買った残り物であるため、ものすごく趣味が悪い。紺地に蛍光ピンクで、毒の花みたいな絵が描いてある。そのうえワンサイズ大きいので、胸のところがぶかぶかなのだ。水に入ると繊維が伸びて、そのうち脱げるんじゃないかと気が気でならなかった。水着といえば・・・ある友達がこんなことを言っていた。
 「私さあ、学校で、スクール水着で泳いでたのよー。そしたら男子が、おまえジュゴンに似てるぞ。って言ったんね。私、ジュゴンって何か知らなくて、名前かわいいからきっと、かわいいってほめられてるとおもってた。」
私はそのことを思い出して、ひとりニヤニヤしながら、ぬべーっと水面からはいあがった。笑っている私のほうこそ、ジュゴンそのものであっただろう。
 ウォータースライダーがあった。出発点のところには、スタートの合図を出す監視員のお兄さんがいた。あまり人がいないので、とても退屈そうにしていた。だから、私達が来るとうれしそうに話しかけてきた。
 「何歳?」
 「どこから来たの?」
お兄さんの質問には、全てユウコが答えていた。ちょっとアウストラロピテクスに似たお兄さんだったが、なかなかかっこいい。私は、ユウコばかりにしゃべらせてたまるかと、必死に横から割って入った。高校1年だったが、まだ誕生日が来ていなかったので15歳だと言ったら、お兄さんはそれ以上話しかけてこなかった。ナンパされたと思って喜んでいたのに、多少気分を害した。



第五段
その夜に 線香花火 初体験


 その日の夜は花火で盛り上がった。みんなで相談して、花火やらろうそくやらありあわせの品々を持ちよったのだ。私はろうそくとライターの係になっていた。シュッと擦る、あのライターはどうも苦手である。絶対点かないからだ。そう、黙っていたが私は、たぐいまれな、ウルトラ級不器用人間なのだ。ライターがダメと分かっていたから、私はマッチを使用した。ろうそくは家にあったアロマキャンドルだ。火を点けると、むわーんとばらのかおりがした。火薬のにおいと混ざって、鼻が曲がるほどの異臭が立ちこめる。でも、自分のせいなのでひたすら耐えた。
 ところで、私は意外なことに「線香花火」というものをやったことがなかった。もちろん、線香花火くらい見たことはあるし、触ったこともある。ただ、したことがないのだ。不器用なのに加えて大ざっぱな私は、あの細くよじった紙の束は、1本ずつばらして火を点けるものだと考えたこともなかったのだ。いつもいつも束ごと点火して、「つかないようー。」と泣きそうになっていた。あたりまえである。今度も私は、20本まとめて炎にかざしていた。
 「わあああああっ!ヤメレー!」
ユウコが必死に止める。
 「これはね、テープを外して、1本ずつやるんやで。ほら、こうやって。」
ユウコは私に1本手渡してくれた。
 なるほど、こうすれば確かに火は点く。花火はやがて、音をたて始めた。
 「こんな細いのに、勢いいいんやねえ。」
そうつぶやきながら私は、飛び散る火花を見つめていた。ばらと火薬はたまらなく臭かったが、懐かしい気分になって楽しかった。



第六段
歌います! ひんしゅくかっても 好きな歌


 花火を片付けたら10時をとっくにまわっていた。ハルカが「カラオケにいこう。」と提案した。私はこれまで、なにも旅行に来てまでカラオケなんて行く奴の気が知れん、と思っていた。しかし今回は別だ。なにしろこんな時間からなのだ。せっかく旅行に来ているのだから、普段できないことがしてみたい。ユウコもユカリも賛成した。しかしカヨだけが青い顔をしている。カラオケが初めてなのだ。それを思うとこの状況、なかなかハードである。しかしここは多数決で、行くことに決まった。もっとも、多数決といっても、おとぼけ5人衆なりの力関係において、ハルカが3票分の権利をもっているので、カヨにしてみれば不幸かつ不公平極まりない。カヨはかわいそうに、テスト中に腹痛をおこした人みたいな顔をしてついてきた。
 ボックスに入っても、カヨは歌えないよを連発していた。でも実は私も歌えないのであった。私の「歌えない」とカヨの「歌えない」とは種類がちがう。カヨのは純粋に「恥ずかしいから歌えない。」一方私のは、「ナツメロしか知らない、上に救いようのない音痴だから歌えない。」のである。歌うには歌えるが、15・6の同世代に、加山雄三なんか聞かせても引かれるだけなのだ。しかも、「矯正しろ」と、バケツを被せられてしまうほどの音痴だ。けれどもナツメロをレパートリーから抜くと、私の持ち歌はアニメの主題歌数曲と「みんなのうた」だけになってしまう。それではまずい。私は一応みんなに聞いてみた。やっぱり気は弱いらしい。
 「ねぇ、ちょっと古い歌入れていい?」
 「いいよ。」
みんなは、古いといってもせいぜい2・3年前の歌だろうと思っていたにちがいない。ところが、スピーカーから流れ出したのは、2・3年どころか2・30年昔のメロディーだったので、腰を抜かしていた。途中、部屋を間違って入ってきたおじさんに、にしきのあきらの「空に太陽がある限り」をリクエストした。おじさんは、歌ってくれたが、どうしてギャルを前に「あいしてるう、あいしてるう」なんて歌わにゃならんのじゃ?と不可解な顔をしてかえっていった。私以外の面々は、どうして見知らぬおじさんに「あいしてるう」なんていわれにゃならんのじゃ!!と不快な顔をしていた。



第七段
どこにある? カラスまるまる 太る町


 夜はやっぱり徹夜で語りたい。テーマはおきまりの「恋バナ」であろう。そのテーマで話すとき、ユウコには気をつけなければならない。彼女は、人の話を聞くだけ聞いて、自分の番になると、さっさと寝てしまうというので有名だからである。
まだ0時過ぎなので、枕投げをしないかというユカリの提案で、みんなは準備にかかった。枕を5つ出してきて、ジャンケンで2対2に分かれる。あとの1人は目を閉じて、好きなときに「ストップ!」と言う。その地点で、陣地に枕の多かった方の負けである。さっそく始めることにした。ひととおり「ストップ!」役がまわり、ユウコの番になった。私はハルカとボコスカ枕を投げた。ところが、なかなかストップの合図がでない。もうかれこれ5分は投げ続けている。4人ともへとへとになってユウコをにらんだ。が、みんな、開いた口がふさがらなくなってしまった。なんとユウコは、膝をかかえて眠りこけていたのだった。ユウコが目覚め、彼女のせいでへたってしまったカヨが睡眠モードにはいった。普段は、たとえ翌日が試験であれなんであれ12時には寝てしまう私は、まだ元気である。いよいよ「恋話タイム」だ。ほんとうはみんな、聞くよりも話したくてたまらないはずなのだ。みんな自分の恋は誰よりも素敵だと思っている。それは当然であるし、それが当然な年齢だ。
 実は私も話すほうが好きで、喋りたくて喋りたくて、「うー。」となっていた。でも、ネタが少ないのもあるが、まっさきに話し出すことには少々抵抗があった。結構みんな同じことを感じているのか、誰も口を開かない。それぞれがそれぞれに、
 「お先にどうぞ。」
 「いやいや、年の順でハルカからどうぞ。」
バスの座席じゃないんだから、と思いながら譲り合いを続けているうちに、私のまぶたはとろーんととろけてきた。
 誰の口からか、恋には果てしなく遠い話題が飛び出した。
 「私さあ、独眼龍政宗って、独眼流っていう流儀の剣の使い手かとおもってたわあ。」
恋の話の口火を切るのは勇気がいるが、この手の勘違い系の話題なら話は別だ。だてにおボケな人生を歩んではいない。ネタは腐るほどある。私は急に目が覚めてきた。
 「甘い甘い、私なんか、毒饅頭政宗かと思ってたもんね。」
 そういえば私は、小学校2年のときに、すごい勘違いをしていた。音楽の教科書に「仰げば尊し」が載っていたのだが、なにしろ2年生なので教科書には、「あおげばとうとし」と平仮名で書かれている。私はずっとそれを「あおばけどうし」と読んでいた。青化童子・・・一体どんなお化けだろう。考えれば考えるほど怖くなり、私はそのページをホッチキスで袋とじにしていた。
 「でもね、もっとすごい話があるんよ。」
父にきいた話だが、ある日、父は見知らぬおじさんに道を尋ねられたらしい。おじさんは「カラスまるまる太る町」はどこか、ときいた。父は一瞬悩んだが、ようやくそれが「烏丸丸太町(からすままるたまち)」のことだと気づいたという。私のさらに上をいくボケっぷりである。みんなの大爆笑の中、私は、羊ではなく、まるまると太ったカラスを数えながら、それっきり朝まで起きることはなかった。



第八段
5人組衆、帰り道まで ハプニング

 朝一番に、私達は高速モーターボートに乗った。水上を猛スピードで駆け抜ける、あれである。走っている最中に写真を撮ろうとしたユカリが、バランスを崩して救命用の浮き輪の山につっこんだ以外は、何事もなく楽しんだ。
 昼食を終え、私達はトランプをして時間をつぶした。4時42分の電車には、少し余裕があった。「大富豪」のゲームで、私は勝ちっぱなしで気分が良かった。毎年正月には、もらいたてのおとし玉を賭けて、いとこ達とトランプに燃えている。弱かったら困るのだ。この場では、飴しか賭けていなっかったが、私の目はすわっていたらしい。結局、私の7連勝でゲームは幕を閉じた。
 駅に着いたが、まだ発車まで間がある。私達はお土産物屋を覗くことにした。構内の店の中は、案外広かった。入り口のところで、何かの旗が揚がっている。栗おこわ、と、そう書いてあった。みんな急に空腹を感じ、5個入りをかって1個ずつ分けることになった。発車まであと5分。間にあいそうだ。私は、5個入りのパックをつかんで、おばさんに渡した。ところがおばさんは、お金を払ったというのにおこわをくれないのである。
 「ちょっと待ってね、いま温めるから。ほら、O-157にでもなったら困るでしょ。」
というがはやいかおこわを5つ、電子レンジに放り込んでスイッチをいれた。どちらかというとO-157になるよりも、電車に乗り遅れるほうが今の私達にとっては困るのだが、おばさんの忍者もぶったまげるほどの早業のまえに、誰も何も言えなかった。

 チーン。・・・・・・・

祇園精舎の鐘のように、レンジが鳴ったときにはもう4時42分だった。無駄だと分かっていたけれど、とりあえずホームめがけて走ってみた。だがやっぱりエネルギーをよけいに使っただけであった。私達の目の前で、電車は白いハンカチを振って行ってしまった。憎いほど温かい栗おこわのせいで、私達は指定席の切符をもちながら、次の電車のこみこみの自由席に乗って帰ることになってしまった。ハルカなんか特に怒り出しそうだった。しかし自分もおこわが食べたいと言った以上、文句も言えずに「うー。」となっていた。おこわはほかほかで、とてもおいしかった。
 なんだかんだ言っている間に、一行は京都駅に着き、旅行はなんとか終了した。どっと疲れたが、私達はもう冬休みの話をしていた。
「冬はさ、彼氏と旅行したいよねえ。」「夜景なんかロマンティックでいいやんねえ。」などとワクワク想像していたが、カヨをのぞく4人が、神戸のルミナリエを見にくりだしたのはそれから4カ月半後の、12月24日のことである・・・。



散文(批評随筆小説等) オクノホソミチ 〜KAZANAGI風味〜 Copyright Rin. 2007-09-16 20:26:28
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