老婆の心臓 
服部 剛

家族による暴力で 
老人ホームに来るごとに 
体中の傷がどす黒くなってゆく老婆 

国も 
市も 
施設も 
ケアマネージャーも 
ヘルパーも 
一介護職員の自分自身も 
手を差し伸べられず 
ただ日々だけが過ぎてゆく 

いだ布団の上に身悶え 
「 起こして、起こして・・・ 」 
と唸り続ける黒い老婆を 
おやつの時間にわたしは起こし 
無表情に開いた口へ 
一匙ひとさじの水を含ませる 

日暮れ前 
車の助手席にうなだれた 
歩けぬ黒い老婆を抱いて 
貧しい家の玄関に 
座らせる 

後ろめたさに 
背を引かれながら 
停まった車に戻る途中 
庭の片隅に 
心臓の形をした石が 
枯れた草叢くさむらに埋もれていた 

人知れぬ夜の布団の上で 
しなびた胸に隠れ 
微かな鼓動を続ける 
黒い老婆の心臓のように 





自由詩 老婆の心臓  Copyright 服部 剛 2007-09-14 22:05:11
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