老婆の心臓
服部 剛
家族による暴力で
老人ホームに来るごとに
体中の傷がどす黒くなってゆく老婆
国も
市も
施設も
ケアマネージャーも
ヘルパーも
一介護職員の自分自身も
手を差し伸べられず
只日々だけが過ぎてゆく
剥いだ布団の上に身悶え
「 起こして、起こして・・・ 」
と唸り続ける黒い老婆を
おやつの時間にわたしは起こし
無表情に開いた口へ
一匙の水を含ませる
日暮れ前
車の助手席にうなだれた
歩けぬ黒い老婆を抱いて
貧しい家の玄関に
座らせる
後ろめたさに
背を引かれながら
停まった車に戻る途中
庭の片隅に
心臓の形をした石が
枯れた草叢に埋もれていた
人知れぬ夜の布団の上で
萎びた胸に隠れ
微かな鼓動を続ける
黒い老婆の心臓のように