いいから酔えよ、チナスキー
楢山孝介

洒落たカフェを借り切って開かれた
長い付き合いになる友人の結婚披露宴の席で
禁酒中のチナスキーは溜め息をついている
生ハムをかじっては水を飲む

祝辞を読んだ
新郎との付き合いの年数を数え間違えて
生まれる前に出会ったことになってしまった
それがジョークか呆けかわからない招待客たちは
笑いもせず
怒りもせず
新郎も苦笑いするだけだった
酒をやめてろれつはよく回るようになった
けれど出てくる言葉は空回り
多すぎる空振り
アウトの数はとっくに二十七を超えていた

初対面の新婦に気を使わせてしまった
参加者の男も女も
チナスキーに優しくしてくれた
そのことに怒りが湧かなかったり
追い払うような元気がない自分を
チナスキーは受け入れた
青春なんて思春期が始まる前に終わっていた
酔いどれていた頃の記憶は日々消えていく
元々無かったのかもしれなかった

昔日のとげとげしい面影が消え
仲間からの祝福を顔に貼りつけた
新郎がチナスキーに近寄っていった
手にはウィスキーの壜が握られている
その顔に通り雨のような気づかいをよぎらせながら
チナスキーに壜を手渡した

キャップを開けて覗き込んだ水面に
チナスキーは酔いどれ詩人の姿を見た
酒を飲み続ける醜いあばた面の男が
酷い言葉しか使わずに恋人と口論をしたり
誰かを殴ろうとして逆に殴られたり
競馬場で狂ったようにペンを走らせたりしていた
俺だよな
俺なんだよなこれ
どうしようもないやつだよな
チナスキーは昔の自分の姿に呆れた
もう戻るものか
酒など飲むものか
そう決意を新たにした

けれども新郎とその仲間たちは
いいから飲めよと
今日だけでも昔に戻って
くだらないことや
どうでもいいことを
わめき立ててくれよ
おまえの言葉はそれだけで
詩になってくれるからさ
などと言ってチナスキーに迫った

やめたんだよ酒
あと詩も
チナスキーは断りながらも
壜を傾けて
ウィスキーを口の中に迎え入れた
それから詩が始まった

やめたんだよ酒
あと詩も……


自由詩 いいから酔えよ、チナスキー Copyright 楢山孝介 2007-09-14 11:25:08
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