夏の終わり
渦巻二三五

油蝉の断末魔に
ふりむくと
老婆がひとり
まどろんでいた
石段にひろげられた紙の上に
硬貨をひとつ
投げてやった
老婆は顔を上げると
おれの目を
じっと見つめた

あくる日
老女はおれを待っていた
硬貨をふたつ
投げてやった
老女はおれの耳をつかみ
乾いた唇でささやいた

つぎの日
女はおれを見上げて
ほほえんだ
硬貨をみっつ
握らせてやった
女はおれの頬にふれ
かすかな声でつぶやいた

四日目
彼女とおれは言葉を交わした
紙幣を一枚くれてやった
彼女は
石段にひろげていた紙を
折りたたんで
おれの内ポケットに
すべり込ませた

五日目
女はどこにもいなかった
さがしてもさがしても
どこにもいなかった
わたされた手紙には
別れの言葉がつづられていた
おれは途方にくれて
石段に腰かけていた

きょうもまた
おれは石段に腰かけていた
どこへ行ってしまったのか
もう二度と逢えないのか
目を閉じると
せつない気持ちがこみ上げてきた

ある日
ひろげたままの手紙の上に
硬貨がひとつ
投げられた
顔を上げると
若い女が立っていた

あくる日
おれは女を待っていた
女が硬貨を投げると
おれは女の耳に
しわがれ声で
ささやいた
「あんたはきっと恋をする」

油蝉の断末魔が
聞こえていた





          
初出:一九九六年 八月一日 @nifty 詩のフォーラム
         


自由詩 夏の終わり Copyright 渦巻二三五 2007-09-10 13:09:03
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