受胎告知(あるいは我がいとしの大天使ガブちゃん)
山田せばすちゃん
大天使ガブリエルがさっきから
窓の外のベランダの手すりに腰掛けて
こっち見てニヤニヤと笑っている
その右の手にはシロユリの花束
衣の胸の辺りには白い鳩が顔を出して
ガブリエルときたら大天使どころか
まるで下手くそな奇術師みたいだ
僕はトイレの前でそわそわと
別に順番を待っているわけではないけれど
もしかしたら順番なんかよりももっと
大変かもしれないものを待ち続けている
水の流れる音
紙巻がからからとまわる音
扉を開けて出てきたきみは
偽りの花嫁じゃなくて寝起きのパジャマ姿
左手に握られてるのは株式会社アラクスの
妊娠検査薬「チェックワン」
3秒間尿をかけてキャップをして
そのまま振ったりなんかしないで
水平な場所において1分待つ
判定窓に赤紫のラインが表れたら
窓を開けて大天使ガブリエルがきみに
シロユリの花束と飛び立つ白鳩の祝福を
くれるだろう
「恵まれた者、喜びなさい。主はあなたとともにおられます」
あと30秒
ガブちゃん準備は完了かい?
きみと背中合わせにベッドで眠って
僕は明け方近くにひどい夢を見た
末の娘をお風呂に入れて僕は泣きながら娘に話すんだ
なぎちゃんのきょうだいは、おにいちゃんがふたりでしょ?
でも本当はなぎちゃんのおとうとかいもうとがいるんだよ
なぎちゃんあってみたい?いつかあえるといいね・・・
ちょうど1分
ガブちゃんはサッシの枠に手を掛ける
判定窓には何の変化も現れなかった
溜息をついてきみの顔を盗み見ると
きみは嬉しいのか悲しいのかにわかにはわからないそんな
微妙な表情を一瞬だけ見せてから
チェックワンを燃えないゴミの袋に入れた
ベランダの向こう側では
ガブちゃんが舌打ちをしながらシロユリと鳩をしまいこむ
「今度だけは勘弁してあげるよ」
捨て台詞を吐いてベランダから立ち去るガブちゃんの
横顔は僕の末娘の顔だった