記憶の薫り
渡 ひろこ

終わってしまった
はずなのに
それは密閉した
重いふたの透き間から
かすかに甘くたちのぼる


人知れず心の底に
埋めたはずなのに
かぐわしい記憶の薫りは
ゆるゆると漂い
真夜中の片すみに
うずくまる


ダークなビターチョコレートで
くるんだような光沢で
艶やかに横たわり


「もういちど溶かして・・・」と
誘惑の呪文を
ふつふつ囁く
気づいたら記憶の淵に手をかけ
のぞきこんでいた

オブラートのような切なさが
ぴったり身体にはりついてくる
時間をもどそうと鼓動を速める薄い膜

半透明の綺麗に巡らした葉脈まで
引っ掻いて破らないように
指先でそっとつまんで引き剥がす


(馴染んだ着メロ変えたのはいつからだったろう)


こんどは決して漏れ出ないよう
不整に鳴り響く心臓も
真っ暗な底に投げ入れ
ぴったり蓋を閉じた




自由詩 記憶の薫り Copyright 渡 ひろこ 2007-09-08 19:32:40
notebook Home 戻る