『盆』
東雲 李葉

磔みたいに動かぬ石は自分の形を忘れていない。
射殺すような光と熱が身体を焼く。
焦げ付く髪と汗ばむ手の平。遠くに見える蜃気楼。
僕から伸びる黒い影は夜にも似ている闇のようで。
呑み込まれた蝉の骸はさっきからずっと黙んまりしている。
まるで祈りを捧げるように縮こまったか細い手足。
始まる者と転がる死骸。産声が近く遠く、遠く近く。

頬を伝う水分が乾いた地面を僅かに塗らすと、
途端に音を失う世界。僕は夏に囚われる。
誰かがじっと見ている。前後左右に声、気配、色、臭い。
誰かがずっと見ている。木霊する声、声、声に混じって、
入道雲を見つけたら教えて、なんて、
遠い昔の母の声。洗濯物などもう無いよ。

静かな和室に眠る女性。父はどうして泣いている?
焼付く線路を果てまで歩いた。
あの頃の僕は一体何を探していた…?
熱い体温、温い水。あの日から束の間色を忘れる世界。
閉じることなく色濃い影に溶け込む瞳。
白と黒しか見えない中で蝉の声がやけに近くて遠くって。
動かぬ身体を僕は見ていた。祈るように手を組んで。


自由詩 『盆』 Copyright 東雲 李葉 2007-09-07 10:08:23
notebook Home 戻る  過去 未来