少女と石槍
楢山孝介


カルムは眼を疑った
森の小川で水を汲む少女の姿は
自分たちの部族の女と変わらぬ人間に見えた
いや、より美しく見えた
乳房を隠すように上半身に布を巻いていたが
そこにまた魅力を感じた
(あれを殺すのか)
カルムは石槍を投げ捨てたくなった
同族の仲間を殺して
少女と一緒に逃げ出したくなった

村を出る前
おさは十五歳になる若者三人
カルムとセツとヨクを集めてこう言った
「敵対する部族の一人を殺してこい
 殺したものを一の手柄
 首を切ったものを二の手柄
 首を持ち帰ったものを三の手柄とする
 一生その地位はついて回る
 見事成し遂げたなら
 結婚も、戦争への参加も許す
 それぞれに石槍を渡す
 さあ行け
 行って殺してこい」

少女はカルムの知らない歌を歌っていた
誰も見ていないと思ってか
奇妙なステップを踏んで躍り出した
カルムは敵の姿を
争いの後に村の大人たちが運んでくる
物言わぬ裸の死体でしか見たことがなかった
おさに石槍を渡された時には
心が猛り、躍ったのに
いざ生きている女を目の前にすると
大人になどならなくてもいいと思った
小川を見下ろす茂みに身を潜めながら
カルム同様、セツもヨクも固まったように動かなかった
三人を案内してきた年長の先導者は舌打ちしながら
彼らの背中を蹴り飛ばして小川に突き落とした

ヨクは足が立つ川なのに溺れた
あまりの驚きに腰を抜かした少女の前で
セツは石槍を構えていた
それを見たカルムは
少女を助けるために我を忘れ
乳のみ兄弟であるセツを殺そうと
渾身の力を振り絞って石槍を投げた
意気地なしのセツは
やっぱり殺せないと地面にへたり込んだ
セツの頭の上を石槍は通り過ぎ
少女の胸を貫いた

セツは溺れるヨクを助けた後
苦労しながら石槍の先で少女の首を切り
ヨクに持たせ
放心しているカルムを背負った
(俺を狙っていた)
セツはカルムの背信に気付いていた
ヨクは村に帰るまで泣き続けた

以後命知らずな若者になったカルムは
戦好きの若き指導者になり
周辺部族を制圧していった
セツはそれをよく輔佐した
ヨクは日々積み重ねられていく敵の死骸を
泣きながら埋葬し、焼き、時に食べた
セツはいつかの意趣返しに
カルムが頂点を極めた時
後ろから刺し殺してやろうと目論んでいたが
流れ矢に当たってあっさり死んでしまった
ヨクはいつもより多くの涙を流しながら
最愛の友の亡骸を食べた

カルムは何千人と殺してもなお
森の小川の前にいて
(あれを殺すのか)
とためらい
石槍を捨てたくてたまらなくなる夢を見る
時にはセツの背中を石槍が貫く
けれども少女は
決してカルムの手を取ってはくれない
時に石槍に貫かれたのはカルム自身で
セツと手を取って去っていく少女を
切ない気持ちで眺めていることもある

セツに切り取られた首だけの姿で
こちらに歩いてくるヨクを見つめていることもある
ヨクは少女の首を運んだ日以来
一度も見せたことのなかった
満面の笑みを浮かべてカルムに近付いてくる


自由詩 少女と石槍 Copyright 楢山孝介 2007-09-05 10:41:19
notebook Home 戻る