花屋の娘に恋をして　妻に花束を買って帰った
なにも言葉を　落とせそうにない口を　ありがとうの唇で塞いだ

　愛人が旅行へ行きたいと言い　出張を装って出かけた
「早く仕事が　終われば日帰りするから」って
「亭主が留守の間の浮気は次回にしとけ」と
冗談混じりに釘を挿しておいた

　疲れたベンチで帰りの電車を待っていた
突然　見知らぬ女子高生にキスされた
愕然として　乗り過ごしてしまった
帰りが遅くなってしまって　お腹が鳴った

　「すばらしきかな人生」　こう呟いて死にたい
　野球選手になれなくても　素晴らしき哉人生




　愛人が雨の空き地で　小犬を拾ってきた
ペット禁止のマンションでこっそり飼っていた
大家に見つかってしまって　うちで引き取ることにした
今朝も妻が散歩に連れてった

　こないだの女子高生が「お金はいらないから」って
「抱いて欲しい」ってせがんできた
俺の家庭を潰さないと約束させる前に　口の堅さを試しておこう
しばらくは短いデートだけ　御褒美にキスを

　愛人がパソコンを買った　ネットサーフィンにハマり始めた
偶然 我が娘のホームページを見つけた
ふたりで娘のWeb日記を覗いてみた
赤裸々にラヴホテルでの出来事が綴られていた

　妻と愛人と女子高生は同じハンドバックを持ってる
輸入業者の友人が困っていたので　３つ買うと言えば喜んで安くしてくれた
「私よりも若い人向けなんじゃないの」と妻が言ったけれど
「君は君が思ってるよりも若く見えてるよ」と言ってやった

　そのハンドバックを娘も欲しがった
つい「４つ買えば良かったかな」と漏らしてしまった
「どういう意味よ」と妻が問う前に
「愛人のぶんも買ってたりして」と娘が笑った

　俺が無言で出かけるとき　いつも妻は行き先を尋ねる
何処へ行くにも「愛人宅へ」と冗談めかして答えるようになった
「浮気もいいけど、犬の散歩も行ってね。避妊にだけは気をつけてね。」
そんな風に送り出す笑顔に惚れ直した

　娘が俺を真似て「愛人宅へ行ってきまーす」と出かける
おめかししてるから　きっとデートなんだろう
俺も妻の真似をして投げキッスで送り出す
「犬の散歩にも行ってね。避妊にだけは気をつけてね。」


　「すばらしきかな人生」　こう呟いて死にたい
　ロックスターになれなくても　素晴らしき哉人生



　そういえばラブホテルには　行ったことがなかった
女子高生に調べさせ　彼女の気に入ったところに行くことにしよう
意外にも俺が初めての男になるらしい
最初のキスも　あの時の不意打ちのキス

　妻も愛人も俺と出逢ったときには
他の男と付き合っていて既に済ませていた
過去を変えることは出来ないと昔から悩んできたけど
最初の男になれる機会がやっと巡ってきた


　「すばらしきかな人生」　こう呟いて死にたい
　青春時代が灰色であっても　素晴らしき哉人生




　夕食時に娘が　犬の好きな友達のことを話した
妻と同じハンドバックを持ったその友達が 犬と遊びに家へ来るらしい
まさかとは思ったけれど　あの女子高生がやってきた
「初めまして」と御辞儀をした姿に惚れ直した

　その女子高生と娘と犬と　３人と１匹で散歩に出かけた
「綺麗な奥さんですね」と女子高生にからかわれた
「君も綺麗だよ」と言い返したら　頬を染めて照れていた
母親似の娘が聞いてきた　「ねぇ、私と どっちが可愛い？」

　「聞くまでもない、答えは決まってる」と言った
「どっちなのよ」って問いつめる娘に
「さすがに近親相姦は まずいだろ」と返した
犬が俺のほうを向いて尻尾を振っていた

　喉が渇いた娘に缶ジュースを買いに行かせた
視界から消えたところで　女子高生が見つめてきた
抱き寄せるよりも先に　まわりを見まわしてみた
愛人らしき人影　そこへ犬が走っていった

　それはまぎれもなく愛人で　犬が誰よりもなついていた
俺が感じた嫉妬の先は　犬なのか彼女なのか
「娘さんが もうひとりいらしたの？」　挨拶の次に出た言葉
「隠し子なんだ」と微笑んだ俺に　「他にも愛人がいたのね」

　「すばらしきかな人生」　こう呟いて死にたい
　いま銃弾に倒れたとしても　素晴らしき哉人生



　娘がジュースを４本　抱えて戻ってきた
「犬のぶんまで買ってしまったけど　ちょうど良かった」
　３人の女が　同じベンチに並んで座る
それぞれタイプは違えど　まるで三姉妹のようだ

　幼い女の子が　犬に近づいてきた
恐る恐る犬の頭を撫でる　小さなおててが可愛らしかった
三姉妹の興味を その女の子が独占
愛人が俺に聞こえる声で言った　「子供が欲しくなったわ」


　「すばらしきかな　じんせい」　こう呟いて死にたい
　愛の意味が わからなくても　素晴らしき哉人生