日付を打たない手紙
藤丘 香子

かつて潔く閉じた手紙は風を巡り
伏せられていた暦が息吹きはじめている

朽ちた扉を貫く光は
草の海を素足で歩く確かさで
白紙のページに文字を刻みはじめ
陽炎が去った午後に、わたしは
あなたの覚醒をみている

いくつもの雨を見送り
落水に象られながらしぶきを通り抜けた
片目をつむる空の向こうに真昼の船が見える

夏に踊る つかめない海鳥
甲板のまどろみ
ハンモックに眠る捨てられない写真
時計を回したパラソルに八月の陽射しが透けて
真夏のタトゥーを滲ませていく

レモンを齧ろう
陸に抱かれた船頭から迸るように飛び降りて

摘みたての朝露に腕を通し駈けていくあの森の
ほそい光を縫って
白い蝶が前を牽いていく
ロゴスの前の二つの手を悲しまないで

水色の風と音楽
蝶番の羽ばたき

あなたの無言を煌く星として記す
たとえ撹拌された夜の中でも
わたしを見つけてほしい





夜に雨、水の孔雀が羽をひろげる
斑紋には日付けのない手紙
硬い声は、きのうのように押しだまり
ねむるために そして、
うまれるために文字を読み続ける

たくさんの文字が白く光りながら
羽ばたこうとする夜を見上げて
わたしたちは小さな花のように耳を澄ます

かたちあるものは呼びあい
真実と錯覚の対岸を往来する
越えていく夜を確かめて
遠くに在るものと
失われたものの静けさを含みながら
わたしたちは、ふたたび であうために

ほどかれた耳は青く突き抜けて
つばさをたたむ絹雲はやさしくする

海に向かうあなたよ
そうして わたしも波を泳いで
ときどき甘く
とぎれとぎれに息をして

いま、世界を隔ててはいないから
わたしたちは何もおそれなくてもいい

呼吸は波うち際へ運ばれて
みどりに縁取られ
からだごと濡れて
やわらかくなった、わたしたちは

打ち鳴らす音楽に耳をあずけ
渇いた言葉を遥かにして
しんと澄んで見送っていよう

掴もうとする先から光がすり抜けたとしても
このまま沁みこんでいくといい





自由詩 日付を打たない手紙 Copyright 藤丘 香子 2007-09-01 01:47:27
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