篝火を閉じた
スリーピィ・タロウ


いつまでも たえる ことなく ともだちで いよう
きょうのひは さようなら またあう ひまで


燃え殻の香る賀茂川を北へ
祖父の居た家はずっと前どこかに消えた
いつからか二十四時間営業になった油蝉の声を肴に
駐車場で飲む黒ラベルは他人行儀な味がする


髭面の青年がレジ脇ですれ違いざま奇声を発した
「すみませんあの子、自分の世界に篭っちゃってるみたいで」
顔なじみらしい店員が何故か弁解した
火が消えたから 肉を持つから
閉さない罪は灰になれずのたうつ


ひと夏ごとに過ぎた日に向けて傾いてゆく地軸


思い出すためでなく忘れるための弔い
五百の篝火篝火かがりびをもってして漸く閉せるほど
きょうこの街の夏は近く迫る

  (如意が岳の中腹に両腕を広げ
  (僅か半時の間
  (再び私は地上に横たわった
  (星は煙で見えない
  (都を見下ろそうとしたが
  (頭は斜面に張り付いている
  (足元で大勢の声が聞こえていた
  (応える術をもたず空へ昇った

サイレンが鳴る
太陽が照り狂う
坊主頭を跳ね回った少年の叫びはやがて土になる
指導者達は戦犯のリストを回覧する
誰の遺体を聖地に納めるか


「私はこんな夏に祀られたくはない」


異邦人の声は急速に伸びた雑草に消える
何十年夏を繰り返す



「鶴を折ってください」
夜十二時の大阪駅で老人は僕を呼び止めた
「今なお安らかに眠れずにいる犠牲者のために、鶴を折ってください」
ホームでは会社帰りの男が殴られて鼻を折っていた
禁忌を犯した誰かはどこかへ逃げ去った
血を流して横たわる男に、善意の輪が躊躇いがちに縮まってゆく
「鶴を折ってください」
手渡された紙片で 僕は不器用な鶴を折った
願わくば繋がるのではなく閉されればと


いつまでも たえる ことなく ともだちで いよう
きょうのひは さようなら またあう ひまで


最期の篝火篝火かがりびを囲む僕たちは
また次の夏思い出すだろう
それまでの間全てをこの火の中に置いてゆく為に

地軸の回復に沿って崩れる木組み
篝火篝火かがりびはゆっくり小さくなる
残しているものは無いか
火の中で燃えているのは紛れも無く

ごめんなさい
ごめんなさい

火掻き棒を握り
流れ出す賀茂川の水の匂いの中
ゆっくりと
篝火篝火かがりびを閉じた


自由詩 篝火を閉じた Copyright スリーピィ・タロウ 2007-08-30 23:27:33
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