最初の海
楢山孝介

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 で読める掌編小説『最後の海』の、時代的には前の話。
 読む順としては『最後の海』からの方が理想的。


海で泳ぐと
鮫に食べられるよ
そう言って
あいつは泣いた

僕が沖まで
泳いでいくのを
泣きながら
あいつは見ていた

鮫なんて
とっくに絶滅したのに
海はどんどん
干上がっているのに

あいつの中の海は
いつまでも昔のままで
亡くなった父親が聞かせてくれたという
荒々しくておどろおどろしい海のままで

波打ち際であいつが
水をちゃぷちゃぷやりながら
あんまり心配そうに
こちらを見ているものだから
溺れた振りでもしてやろうかと
思ったのだけど
おだやかで弱々しい海を
荒立てるのは悪い気がして
僕は沖で浮かびながら
海水を少しずつ蒸発させていく、
明るすぎる太陽に照り付けられていた

僕が動かなくなったのを見て
あいつは驚いたのか
ようやく海に入り
まだ足の立つところから
腕をめちゃくちゃに振り回して
泳ぎだした

思わず笑ってしまったが
いや笑ってる場合じゃないなと
急いで引き返した

*

「今日は生まれて初めて海に行きました。
 N君と二人で楽しく泳ぎました」
後日盗み読んだあいつの絵日記には
鮫に追いかけられる僕や
潮を吹く鯨や
立派な帆船の絵とともに
そんな文章が添えられていた

最新の予測によると
あと百年も経たないうちに
全ての海は干上がるだろうと
テレビニュースは告げている


自由詩 最初の海 Copyright 楢山孝介 2007-08-21 08:03:54
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