夜のプールサイドで君は
ふくだわらまんじゅうろう

こんなふうに暑い日が続くと
思い出すことがあるんだ
外には夏の光が溢れて
田圃の青も
入道雲の白も
痛いくらいにくっきりと鮮やかに立ち上がる季節に
俺はただ
泳ぎたいだけだったのかもしれない
中学時代の悪友と
あるいは腐った大学の後輩たちと
呑んで日が暮れて次の店に行くまでの道すがら
通りすがりだか母校だか
小学校だとか中学校だとか
塀を乗り越えてフェンスを乗り越えて
夜の闇色に寝静まったプールに忍び込む
守衛の懐中電灯を目の端に外さないように
だけど過敏に神経の束を欹て過ぎないように
25メートルプール

あっちの端と
こっちの端に
バーボンだとかスコッチだとかの
小瓶だとか大瓶だとかを
一瓶ずつ置いて
素面じゃ潜水ったってせいぜい15メートルさ
そこを酔いにまかせて25メートル
とりわけ最後の5メートルなんちゃあ
昇天的な浮遊感、脳髄駆ける
「やばい」
なんてこた、端ッからわかってるさ
だけど、さ
面白いことに
これで死んでもいいと思ってた
これで死ねたらいいと思ってやってた
これで死にたいなあとまで思ってやっていた
信じられないかい?
そうかい
そりゃあ
信じないほうがいいさ
間違ってると思うかい?
そうだよ
そりゃあ
間違ってるさ
だけど俺は
金がなかったからか
あったからか
マリファナとか
覚醒剤とか
やらなかった
そのかわりと言っちゃあなんだし
そう言うわけでもないかもしれないけれど
俺は25メートルプールの
あっちとこっちにウィスキーの小瓶だか大瓶を置いて
潜水で一気に泳いでってはちびりとやって
また潜水で戻ってきてはちびりとやって
アホな後輩たちは派手な水音たてて逆飛び込みしたりなんかしているけれどそんなのはほっといて
守衛の懐中電灯の光の輪が新しい時代の蛍になるなんてニュースには耳も貸さないで
少しずつ少しずつ
酔いを深めて
深めていって
少しずつ
少しずつ
死への憧れを静への導入を憧れて憧れて
水中の浮遊感にかつてそこにはなかった母親への胎内回帰への郷愁への懐かし寂しいへの
水深を求めて求めて求めて
誰彼に理解されようと理解されまいと理解されたくもなかろうとあろうと
水中の
ひと掻きひと掻き
我を掻く
自分の内面の壁面を
血の滲むこの爪で掻きに掻き
掻きに掻き
そして結局、辿り着けなかったからここにこうしてこんな体たらくでいるのだけれど
だけど俺は本当に
積極的にも
消極的にも
本当にこれで死んでもいいのだと
本当にこれで死んでしまいたいのだと
本当にこれで死んでしまえたらと
思って、ひと掻き
夏を
掻く










自由詩 夜のプールサイドで君は Copyright ふくだわらまんじゅうろう 2007-08-15 00:35:00
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