夜半過ぎ
松本 卓也

碌に街灯も無い坂道
心も体も疲れ果てた
無気力な家路の果て

残飯を漁る野良猫の
縄張りに知らぬ間に踏み込み
精一杯の威嚇が向けられる

僕は苦笑だけを浮かべ
心の中そっと呟いた

蒸し暑い部屋に踏み込んで
明りを灯すより先に
冷房のスイッチを入れる
蛇口を捻れば温水が流れ
何一つ癒すものなどありはしない

独り身の人生とは
斯くも報われぬもの

求めていた生き様のほんの十分の一も
叶えることが出来ずにいるほど
平々凡々な一日が続いていく

最近は晩酌無しで眠れないし
部屋明りを失くしたら夢よりも前に
想像の外にある終焉の先に怯えるだけ

いつしか誰にさえ伝えたいことを失くし
単に恐怖から逃げ惑いながら築いた
一人ぼっちの領域を守るだけが
残された現実なんじゃないだろうか

誰かが器の無い夢を語りかける
内心で嘲笑いながら頬を緩めるけど
どれだけ羨ましいかなんて
口にさえできやしない

背中に止まった蝉が最後の言葉を吐き
橋梁に佇む鴉は僕を見向きもしない
振り出した大粒の雨が大地を洗い
僕はもう嘆きの涙にさえ意味を無くした

誰かが生き様に告げる評価はいつも
失敗作か無価値の骨董品のようで
かつて価値を見出した刻まれた言葉だけが
静かに色褪せて消えていく

救われない現実を記した石版には
筆者以外の言葉は刻まれることはない
例え滂沱の涙が流されようとも
例え隠した傷口を広げられようとも

尾を立てて爪牙をむく猫が
見送っていたのは果たして
僕自身だったのだろうか

それとも
電力の足りない街灯が写す
今にも闇に同化しそうな
僕の影なのだろうか


自由詩 夜半過ぎ Copyright 松本 卓也 2007-08-07 23:59:22
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