燃えないティッシュ
楠木理沙
涙を拭いた君は くしゃくしゃになったティッシュを
燃えないゴミ用のトラッシュボックスに投げつけた
燃える用のやつに入れなきゃだめだよ
僕が久しぶりに搾り出した言葉は
後悔さえ出来そうにないほど間の抜けたものだった
いいんだよ 鼻水をすすりながら顔のパーツだけで笑顔を作った君が言った
知ってる? 誰かへの想いが染み込んだティッシュは燃えないんだって
どんな高温でもね
だから本当は燃えないゴミに捨てなきゃいけないらしいの
でも時間が経って気持ちが整理されたときに
そのティッシュはいつの間にか土に還るんだって
だからとりあえず燃えるゴミでもいいってことになってるのよ
分別も面倒だしね だってそんなの本人だってわかんないのもあるじゃない
相変わらずの君の話も 今日はいつものように笑えなかった
いつまでも燃えずに残ってるティッシュも多いみたいだけどね
自嘲気味に言った君に 僕は頷くことしか出来なかった
すっかり子どもっぽくなった君が
今日は本当にありがとう
彼氏がこんな感じなら彼女になる子は幸せだろうなあ
と言ったから
そうだねと口だけを動かして答えた
壁に掛けられている数字だけが刻まれた時計を見た
もうすぐ12時
視線を戻した先には何も言わずに僕を見つめる君がいた
不意に音量を上げた秒針と心臓の鼓動が重なった瞬間
僕は鞄を握り締めて立ち上がっていた
終電になっちゃったなあ
点滅を繰り返す電灯の下を歩いていると
悔しさとやりきれなさと情けなさが湧き上がってきて
よれよれのポケットティッシュを取り出して思い切り鼻をかんだ
僕は一人ぐちゃぐちゃになったティッシュをぼんやりと見つめて
一体どこに捨てようかと真剣に考え込んでしまった