車なんて発明されなければよかったのに
円谷一

この街では交通事故で他人の命を奪ってしまった人間達が交通手段としてバスを利用している もちろんこの街には同様の理由で人の命を奪ってしまった人間しかいない 君の家まで行くのにどうしてもこの街のバスを乗らなければならないのだ この街は僕の街と君の村の狭間にある 電車も地下鉄も走っていないからこの牢獄のような陰惨とした街を嫌々通らなければならないのだ


よってこの街を走る車もバスしか無い それか自転車のみだ 天皇がお考えになった決まり事で 随分適当に空いている土地を見つけて交通刑務所を出た後の行き先に街として発達させたのだった 近辺に住む人々は不満を漏らしたが誰も反対する者はいなかった


バスの乗客は皆暗い顔をしている 雨が降っているからそう見えるのかもしれない 運転手はちゃんと国で認定された人間である この運転手がまた性格が悪くて 沈んでいる住民に急ブレーキをかけて揺さぶったり アナウンスで 人轢いちゃったーなどと冗談を言ってみたり 何時間も遅れて停留所にやって来たり 文句を言った者には1000倍の運賃を払わせたりするのだ そんなことをしても会社からは何も言われないし 国は見て見ぬ振りをしているだけである


街で雇われて働いている人々も全員国家認定で殺された遺族達である 刑務所で罪相応の刑を受けたはずなのに遺族や倫理を考えてみろと国から言われてこの街で暮らしているのである もし他の街に行ったとしても「人轢き」として警報システムが鳴り 即刻この街に強制送還される 新たに罪を重ねた者は彼らが巻き込んだ遺族達に散々いじめられる いじめないと遺族達が国から目をつけられるのだ 中には嫌々やっている者達もいるが大抵は本当に恨んでいじめるのである 「加減」というものがこの街には無い やりたい者がいるのならとことんやればいいのだ こういった過激な迫害に対して反感を買ったあるTV局はこの街の実態 と称して特集を放送したが翌日に潰れた TV局で働いていた者達加えその関連会社の人間全員がクビになり 全ての身内から縁を切らされ路頭に迷いホームレスになったのである そのことにより全国で車を運転する者はゼロになり 自動車会社が暴落し 皆がバスや電車や自転車を使うようになった さすがに頭を悩ました国はこの街の規則を廃止しようとしたが 天皇が許さずそのまま継続されるようになった


そんな騒ぎがあった後に君と出逢った 君のお父さんはバスの運転手だったが事故により交通刑務所に入れられた その時バスに同乗していたのが僕の両親と兄弟達で 全員死んだ この街に国から移されそうになったが未成年だったので取り消され 祖父と暮らすようになった 君のお父さんを死ぬ程恨んだ 大人になったら絶対仕返ししてやると誓ったのだが お父さんに一人娘がいることを知り君に出逢ってから考え方が変わった そしてこんな制度早く無くなってしまえばいいのだと同胞の仲間達を集め NPO法人を設立した 街中をデモ行進したりして制度の廃止を求めたのだが警察官に威嚇射撃され 中止となった


君のお父さんは脳血管障害でこの街の病院で入院している 君の村まで嫌なバスに乗って誘ってそれからこの街まで歩いて毎日のようにお見舞いに来ている


自由詩 車なんて発明されなければよかったのに Copyright 円谷一 2007-08-01 02:03:35
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