鳳仙花
蒸発王

鳳仙花

揺れる


『鳳仙花』


右目の古傷を開かれた
ぷつぷつ と
肉の裂ける音と共に
かさぶたを剥がされ
瞼の底へ

彼の残した右目が

入り込んだ


右眼球を
傘の骨が貫いたのは
7つの頃だった

夏に咲く
鳳仙花の花びらをむしって
マニュキアごっこをして遊んでいた時
不注意で
彼の持った日傘の骨が
瞼と角膜を切り離したのだ

彼は泣きながら謝って
自分の目も抉り出そうとしたから
必死で止めた
指先が
滴った鮮血で真っ赤になって

その赤さが

今までやった
どの鳳仙花で染めるより
一番きれいだった


私の右目は光を失い
それでも
彼の泣き顔を思うと
特に悲しみを感じなかった


数年後



彼は
故郷を裏切り
国を騙し
革命を捨てて

逃げた


追手は 私


いつも傍にいたのに
何も気付けなかったことへの
罰か

それとも
恩情だったのか


傷だらけになりながら
彼を追いかけ


求めて



真夏の夜半
鳳仙花の咲き誇る
国境沿いの森の中で

彼の首筋に刃物を突きたて


殺した



眼は
逸らせなかった
彼の瞳には
歪んだ私が映っていのに
どうしてもその表情が見えなくて
目をこらしているうちに
彼はこと切れた



その後

彼の引き出しから
右目を私に譲るという手紙が発見され

形見のつもりで

彼の右目を宿した





それが間違えだった


後から入った
右目の記憶が
脳髄を蝕む
信号を無視した脳は
いつだって
あの時の鳳仙花の匂いを感知して
鼻の奥を突き刺すような芳香が
昼夜問わず私を包んだ

目を開けている間は
右目を失った時に
泣けなかった分の涙を
彼の右目がとうとうと流し

瞼を閉じれば
彼が刻んだ最後の記憶
刹那の水晶体が映し出すのは
今際の際の


歪んだ私と


鳳仙花


毎晩毎晩
彼の記憶に侵食されて
頭の中は埋められた
たった右目の一つに
体の全てが
犯され
喰らわれてしまった


私の
名前は
何というのだろう


せめてと思って
彼の名前は確認しにいく
今夜も
彼の墓標の前に立つ
刻まれた名前を見るにつけ

私の左目が涙を流す


ああ

今なら判る



手には
献花の鳳仙花



本当は



右目に映る
歪んだ私と
あの時



鳳仙花

彼の瞳の向こうで



少し


幸せ




私は笑っていたのだ





揺れる 鳳仙花







『鳳仙花』


自由詩 鳳仙花 Copyright 蒸発王 2007-07-25 19:39:37
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