夏の残像
渡 ひろこ
遠い山の稜線が
水墨画のように
かすんで
ゆるゆると
時間だけが
澱のようにたまっていく
さがしているものは
光りにはじける 青
とろりと熟した 赤
なげだされたキャンバス
あざやかな色だけに
愛でられたくて
さわらないでと
無垢のまま
かたい決意の 白
なぜと戸惑う
曇天の重いドレープ
差し出す手の 黒
どこに隠れているのか
いつになっても見つからない
葉月の色彩
どうしても手にいれたくて
うつろう季節に
たゆたう無花果を割いてみたら
カランと
ころがり出たのは
真珠色の巻貝
ざっくり割れた果肉から滴る
浅い夢に濡れ
まどろみから覚めた巻貝は
泡立つ記憶を
波の花に変え
しずかに歌う
泡沫の音色がこわれぬよう
そっと耳にあて
浮かんできたのは
画布からはがされた
夏の残像
それはふつふつと
シャボンのように
湧きあがり
部屋のあちこちで
弾けるたびに
失った色をまき散らしていった