夏の残像
渡 ひろこ

遠い山の稜線が
水墨画のように
かすんで

ゆるゆると
時間だけが
澱のようにたまっていく

さがしているものは
光りにはじける 青
とろりと熟した 赤

なげだされたキャンバス
あざやかな色だけに
愛でられたくて

さわらないでと
無垢のまま
かたい決意の 白

なぜと戸惑う
曇天の重いドレープ
差し出す手の 黒

どこに隠れているのか
いつになっても見つからない
葉月の色彩



どうしても手にいれたくて
うつろう季節に
たゆたう無花果を割いてみたら

カランと
ころがり出たのは
真珠色の巻貝

ざっくり割れた果肉から滴る
浅い夢に濡れ
まどろみから覚めた巻貝は

泡立つ記憶を
波の花に変え
しずかに歌う

泡沫の音色がこわれぬよう
そっと耳にあて
浮かんできたのは



画布からはがされた
夏の残像



それはふつふつと
シャボンのように
湧きあがり

部屋のあちこちで
弾けるたびに
失った色をまき散らしていった



自由詩 夏の残像 Copyright 渡 ひろこ 2007-07-25 19:24:39縦
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