チグトセ

はじまりは一本の大きな幹でした
その幹がどんなに大きくたって
みんなみんなその場所にいたから
誰かが声を発すれば
その声は確実な伝言ゲームで
紛うことなく誰かのもとに届けられました

やがていつか
幹は枝分かれていって
一本が二本に 二本が四本に 四本が八本になり
僕たちもそれぞれの枝に乗って
枝わかれていきました
そうやって枝わかれながらいろいろな者になりました
君と僕も別々の者になっていきました
物事の表面積は増え
いろいろなことが
そのうちはっきりしなくなっていきました
声は
いつしか複雑に反響するようになり
なかなかうまく 君のもとに届きません


でも
この声はきっと届くでしょう
たとえどこかで
迷子になってしまっていたとしても
ここは変わらぬ一本の樹の上なんだから



「ほら」と言って指をさした
彼の指さした先に目をやると
まるで星みたいだった
枝を進んでいくときには疑いなく一本道だったものは
なるほどこうして反対側から振り返って眺めてみると
たしかに無限通りある枝のうちの一本にすぎなくて
それはまるで宇宙の星のようだった
「じゃあ」と言って
彼はそこで枝わかれていった


ねえ あの眩しい茂りの先の
太陽の光なんて要らないから
君の枝が今どこにあるのかを知りたいのです
君が元気でやってくれていることを
「元気かい?」に対する
「元気だよ」の返事を


でも声は
きっと届くでしょう
無数のこだまのなかから
きっと君は
聞き取ってくれるでしょう





(もうずいぶんと細くなってきた気のする
この枝の上で
立ち止まっていても
振り返ってみても
そのあいだにも
枝は成長していく
僕たちはわかれていく
でも
実はこの樹は
その枝がいつかは再びくっつきはじめて
やがて元の一本の幹に戻るんだ
そんな
うんと不自然な樹なら
そんなうんと不自然な樹なら

いいのにな)


自由詩Copyright チグトセ 2007-07-24 16:56:19
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