聾唖のあなた
円谷一

あなたは耳が聞こえない
先天的なものでおまけにその為に捨てられた孤児だ
施設で知り合った
そこで勤めていて あなたは毎日のように通って来ていた
花のように美しく 一目見るとすぐに心惹かれた
あなたが耳が聞こえないことが分かるとすぐに手話の練習をしてあなたに胸がドキドキしながらも話し掛けてみた あなたは大きな目を見開いて笑顔で返事をしてくれた
庭を散歩したり ひたすら会話し続けたり 休日には洋風の映画を見に行ったり 遠い場所へピクニックへ行ったり 仲は日々が過ぎ去る度に良くなっていった あなたは太陽のような人だった 声は恥ずかしくて出せないと言っていたけど 声を聞くと心の声のようでその純粋さにさらに心惹かれて あなただけの景色の中に静寂さが生まれて涙が落ちて音がした


波止場で見た荒れた海の景色は最高だった あなたと中空に浮かんだ時間を閉じ込めて 果ての見えない波状線の先には涅槃があるように見えた 
あなたに告白した あなたはうん と頷いて抱き付いてきた
あなたとこの先もずっと一緒にいて 生涯を終えたら神にあなたの耳を聞こえるようにしてもらうんだ そして今度はちゃんと声を聞いてもらうんだ それが無理だったなら二人で耳が必要がない世界へ入って死ぬまで幸せに暮らすまでだ


戦争が激しくなるにつれて安全な場所がどんどん少なくなっていき 人々は故郷へ帰るのが多くなっていった 孤児のあなたには帰る場所が無かった 結婚し 帰省することにした 故郷で仕事に就くことができたが あなたはいない間に襲撃されるかもしれない恐怖に脅えて家に籠もりっきりだった 気晴らしにピクニックにでも行こうと誘ってみたが あの場所には爆弾が落ちたのよ 私達の思い出の場所が 本当はあなたが外に出て働くのも嫌なの 何時また何処に爆弾が落ちるか分からないでしょう? あなたがいなくなったら私… だから無理しないで… とあなたは泣きながら訴えた


それでも家族を養う為にどうしても外に出て働けなければならなかった ある時仕事の途中に急に空襲警報が鳴りあらゆる所から爆発音が聞こえてきた はっ と息を飲んで あなたには空襲警報が聞こえなかったのだということを思い出した 全力で外に出ると 空からは大量の爆弾が投下してきて爆風に飛ばされ右肩の骨を折った 激痛を堪えながら自宅へ戻ろうとすると 視界に映ったのは火の海に浸された街だった
道端で倒れている老人を安全な場所へ移して炎をくぐり抜けて自宅に戻ると 自宅は轟炎に包まれていて中から言葉にならない声が聞こえてきた 扉を開け あなたの名前を呼んだ 居間の方から叫び声が上がったので行ってみると 煙が充満していて炎に迫られているあなたを見つけ 炎に飛び込んであなたを助けた
消防車と救急車が来て二人は救急病院に入ってベッドで安静にしていた あなたと煙上がる街並みの上空の赤星を見つけて無事だったことを神様に感謝して笑い合った


自由詩 聾唖のあなた Copyright 円谷一 2007-07-23 02:18:39
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