君のことは忘れていないから
円谷一

 ラジオ局に勤めている
 土曜日の朝8時から午後5時までの番組を担当しているDJだ
 永遠に生きたいとふと思った
 毎日毎日土曜日の放送の準備で忙しいのだ
 仕事は充実しているし独身だが寂しいと思ったことは一度も無い
 君のことは忘れていないから
 打ち合わせの時も一人で昼食を食べている時も風呂上がりにベランダで飲む缶ビールの泡が噴き出た時も
 天国から落ちてきた携帯電話で君に電話をかける
 取り留めのない話 必ず詰まる会話
 大学に留学してきた君は英語のクラスで隣同士になった
 デビューしたてのBoA程酷くはないけれど 日本語がまだあまり話せないらしく教えてあげていくうちに仲良くなった 英語は君の方が堪能で幾度も助けられたりもしたけれど
 いつの間にか付き合うようになった 時は無常にも早く過ぎていって留学期間が終わろうとしていた
 韓国に帰国する前君は愛してる? と聞いてきたことがある 愛してると言った じゃあ一緒に祖国で暮らしましょう? と言ってきた 臆病な性格の為か承諾することができなかった 君は悲しい顔をして帰っていった
 それから数ヶ月し 突然君の訃報が入った 自宅のマンションから飛び降り自殺したらしい 遺書には前に付き合っていた彼のことが忘れられず死を選びますと書いてあった
 韓国へ行って君の葬式に出た 死に化粧をした君はとても綺麗だった 涙を流したが不思議な胸の空洞が気持ちをふわふわさせ喪服の人々が人には見えなくなっていた
 君のお墓は蜜柑の段々畑のような場所に立てられた 風が強い場所で髪の毛がいつも棚引いた
 君は生前も天国にいる今でもラジオのDJになりたかったと言っていた 君の代わりにラジオ局に入社しDJになった そして天国でも聴けるように周波数を教えた
 ずっと複雑な思いだった あの時一緒に韓国へ行っていたら… 君はとても寂しかったのよ と電話で言った 涙を流しながらうんうん と答えた
 もうすぐその電話使えなくなっちゃうのよと聞かされた 周りの景色が崩れ去っていくような錯覚に襲われた でも絶望と失望を堪えて 最後のラジオを放送することにした
  …では最後にどうしても伝えたいことがある人にメッセージを送りたいと思います
  今までありがとう そして感謝の気持ちで一杯です
  君を失った悲しみから救ってくれたのは君です
  どうか天国でいつまでも幸せに暮らして下さい
  君のことはずっと忘れないから…さようなら
 携帯電話を握り締め 星降る夜の空に思いっ切り投げ飛ばした


自由詩 君のことは忘れていないから Copyright 円谷一 2007-07-20 12:23:41
notebook Home 戻る