甘く危険な香り(妖精篇)
渡 ひろこ
そこは新宿の雑居ビルが立ち並ぶ一角の
地下にある場末のバーだった
薄汚れた階段を下りていった記憶はあるが
すでにかなり酔っていたので
なぜこんな場所で飲んでいるのかわからなかった
その女に出逢ったのは
僕が迷いこんだそんな
ラビリンスの終着駅のような
薄暗い酒場だった
「ねぇ、恍惚と高揚感の虹色の精神世界に入ってみたいって思わない?」
そう言ってなまめかしく笑い
反応を楽しむかのように
僕の顔をじっと見る
(そんなこと出来るわけないだろう・・・)
いぶかしげな眼差しの僕に
「騙されたと思ってこれ試してみない?」
女はバックの中から華奢な細い指で
小さな透明の瓶を取り出した
「何・・?これ」
大人の親指程の大きさで
中にペパーミントグリーンの
液体が揺れていた
「これをどうしろっていうんだよ
まさか毒じゃないだろうな」
冗談まじりに苦笑しながら言うと
「香りを嗅ぐだけでいいのよ」
と 女はいきなり僕の鼻先に
蓋を開けた小瓶を近づけた
少し甘くてスパイシーな香り・・・
そう、エタニティに似た香りだ
昔の彼女も確かこの香水をつけていたっけ
そんなことを考えているうちに
鼻腔をくすぐる香りと刺激から
身体の芯が疼くような感覚に捕われ
いつの間にか
気が遠くなっていきそうになる
目の前が見えない
(媚薬の一種か・・?)
そう頭をかすめた瞬間
身体がフワリと浮いて
異次元空間を漂う僕がいた
ゆっくり深呼吸して
目を開けると
謀略の成功に喜び
笑いながら飛び回る
小さな妖精を見た・・・・