印象・日の出
円谷一

 近代化の波を受けた川の大都市は工場を次々と建設し朝早くから煙をもくもくと吐き出している
 その傍らには経営が上手く行かず潰れてしまった工場が
 人間の生きる為の象徴のようなバーミリオンの太陽が地球の様子など何も知らぬといった顔で震えながら照らしている
 その二つが何とも対称的に映る
 寝ぼけていると夕暮れと間違えてしまいそうなサーモンピンクとプルシアンブルーの空が眩しい
 それらの絶妙な景色を見ているのは遙々国際都市へやって来た観光客や地元の人達で 大河をゆっくりと舟で漂いながら脳裏に鮮明に焼き付けている
 僕は詩人で 新聞の投稿作品に講評をつけたり雑誌のワンコーナーで作品を披露したりして生活している 今年の冬に処女詩集が出る予定だ
 モネの印象・日の出の複写を見て感動し 何も持たずにこの街へやって来た そして絵画コレクターから本物の印象・日の出を見せてもらい 先程のような描写をしたわけである 高齢になったモネ本人にも会った 彼は目が見えなくなったらしく 娘の力を借りて作品を完成させていた 僕は憧れのモネと握手をし 先程の詩の朗読をした 彼は大いに喜んでくれて無名の僕を元気づけてくれた
 彼が印象・日の出を書いたとされる場所に夜が明ける前から行って ぼんやりとその光景を見ていた やがて大河に光を滲ませながら 絵画と同じ小さな太陽が昇ってきて 工場からは煙が昇り 観光スポットとなったこの場所を人々が舟から眺め 夜の終わりと朝の誕生が空一面に広がっていた 夜の名残は川の水面に残っていて モネの感じた印象とはまた違った現実的な世界がそこにはあった その世界に立っていると僕も印象的な詩が書きたくなってきて 紙とペンを取り出して 感じるままに書き連ねていった
 モネが亡くなった時 僕はモネの葬列に参加した 世界中では戦争が起きていた モダン・タイムズが流行していて ますます近代化に拍車がかかった サイレント映画が爆発的なヒットを飛ばしチャップリンやバスター・キートンやハロルド・ロイドがスクリーンの中で世界中を大爆笑させた
 僕は今だに細々と詩を書いていた 交友関係が増え 芸術家達と多くの時間を共有した 僕は比較的好きなことをしていられた 戦争で国民が駆り出されている中で幸せな時を過ごすことができた しかしヒトラーがパリを侵略した時に新聞や雑誌や本が出版禁止になると僕はお金を儲けることができなくなり 路頭に迷った 家族は妻の故郷へ帰して 僕はなんとかお金を稼ごうと街頭で詩を売ったりしていた でもそんなものは僅かなお金にしかならず 貧困で倒れそうだった 
 そんな時 ふとモネの絵を思い出し あの同じ景色が見える場所まで行った 鮮やかな日の出だった 僕はこの苦境を乗り越えてみせると誓った 数年後戦争は終わり 再び美術館でモネの印象・日の出を見た とても心暖まる絵画だった


散文(批評随筆小説等) 印象・日の出 Copyright 円谷一 2007-07-09 03:50:10
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