木曜日の午前中の幼稚園
円谷一

 僕は保育士だ この幼稚園で君と働いている まだ新米で毎日幼児達に悪戦苦闘している
 この幼稚園で働いていて 一番落ち着く時は木曜日の午前中だ
 何故なら明日働けば休みということもあるが この時間この幼稚園が作り出す雰囲気が何故かたまらなく心地良いのである
 ここにはお金持ちの子供が多く通園していて 毎朝 奥さん用の外車で子供を送ってくる お弁当まで豪華とは言わないけれど 行事がある時は必ず 競うように煌びやかな服装をしてきてまるでお母さん達のファッションショーのようだ 園児達が主役であるのに 僕は奥さん達に人気がある 一応高学歴で 顔もまぁまぁ悪くない方だからだ 君はその様子を見ていつもぶすっ としている 僕は愛想笑いを浮かべて 心の中でははぁー と溜め息を吐いている
 木曜日の午前中は心に雲が広がったように(実際も天候が曇りの時が多いのだ) 穏やかな気分になり 窓から景色を眺めたりする そこには永遠の安らぎみたいなものがあり 園児達や君のことを忘れて静寂の物思いに耽る
 園児達にお絵かきをさせて絵を見て回っている時も どこか上の空で 外の空と僕が同化したような気分になっている 心が浮ついていて このまま時を止めて気の済むまで床に座り込んで空を眺めて 昼寝をしたくなる そんなこてとを考えていると 「また先生○○先生のこと考えているー!!」と園児が僕に指を指してそう叫ぶ いつもの言い訳が「○○先生(君)のこと考えてる」という言葉なのだ…
 お絵かきが終わると近くの公園へお散歩へ出掛ける 僕は空のように透いているように思う 偽りの自分を見透かされてそれが真実だよと周りに散らして… どうしてこんな性格なのか分からない 落ち葉が晩秋の匂いを漂わせている歩道 早めにカラスが鳴いて夕方を思わせる 車が走り去る時の爽やかな風と保育士という職業を嘲笑うかのような刹那とその間に園児達と自分を乖離して何処か優位な場所に逃げている自分がいる
 横断歩道を渡ってこの公園の夜の闇を想像する僕 園児達を遊具などで遊ばせておいて子供が欲しいなーと思う 自分の子供を想像して元気に遊ぶ姿を園児に重ね合わせる 午前中が終わろうとしている 午後に入ってしまえばもう休日のことを考えている かけがえのないのない時間帯 僕は体の中にある鉛みたいなものをお腹に力を入れて持ち上げ 幸福の時間を終えようとする でもまだ正午には程遠い 僕は焦りやすいのだ
 一人の園児が転んで膝から血を流していた 僕は慌てて走り寄り 「大丈夫!?」と声をかけて応急処置をした お母さんは厳しい人なのできっと園長にクレームを言うだろう 僕がぼんやりしていたせいだ 心配よりも園児よりもこの世界に溶け込んでいた自分に対する少しの罪悪感の方が勝っていた 怪我をした園児を背負って 幼稚園に向かった
 幼稚園に帰る途中にあった時計を見ると12時5分前だった 世界が騒がしくなっていたような気がした 幼稚園に着くと園児の傷の手当てをして 手を洗ってうがいをしてみんなでお弁当を食べた 僕のは君が作ってくれたものだった 秋が終わろうとしていた


散文(批評随筆小説等) 木曜日の午前中の幼稚園 Copyright 円谷一 2007-07-05 05:22:21
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