夏草の葉陰に
atsuchan69

庭に張り出した大きな出窓のある亡父の書斎にて
毬栗頭の英次は家政婦の運んだカルピスを飲み、
しかし人類の英知はやがて信仰との境をなくすという

それじゃあ、近代主義者の信じるまっとうな学問はどうなる?

遠慮なく僕もカルピスを飲み、
ストローを口にしたまま云った――

いや、科学はさらに奇跡へと近づくのだよ

アホらしい。キミはまるで耶蘇教の根本主義者だ
ちがう、俺の師はアシモフだぜ

ところで英次は今、ヤクザをしている
ゲームだからな。こいつは謂わばバーチャルな・・・・
え? バーチャルで切った張ったをするのかよ
まあ 人生五十年、
「下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり」さ

英次が刑務所に入っているあいだ
彼の実家の庭にある柿木は
七たび、実を実らせ 落ちては土に還った
やがて手入れする者も消えてなくなり
たまに訪れると雑草が伸び放題の荒屋となっている
僕は子供と一緒に少しだけ草を刈ったりもした

服役を終え、派手な仲間たちとは別に
英次は、僕と二人だけで酒を飲もう」と云う
断る理由なんか、まったくない
「はちきん」という店の二階を貸切にした

おまえの大好きなカツオのたたきだぞ、喰え

そういえば、世の中すっかり変わっちまったナ
俺の子分どもは、大半がサイボーグになっちまいやがった
今どき生身の人間のヤクザってのは・・・・どうも流行らねぇや
まあ、そういわずに酒でも呑みナよ 

ああ、英次。いつかおまえさ、
科学はさらに奇跡へと近づくといったな
うん、たしかに云った
だったら、おまえ信じるかな これ
なんだ、もったいぶらないで早く言え
ああ、じゃあ云うよ。
僕さ 昨日、事故で死んじゃったんだ
馬鹿野郎、だったらお前は誰だ!

本当にごめん。僕は、彼の三次元立体コピーなんだ

コピー? コピーがなぜ喋るんだよ
つまりナノテクノロジーによって全ての物体はコピー可能でさ
――だ、だ、だ、だけど、ココロは? タマシイは?
あのなぁ、友情ってやつは 断じて物体ではない筈だぜ

うん、物体ではない

でも彼は ・・・・たしかに物体だったよ。
まどろっこしいな、
トマス・M・ディッシュの「リスの檻」を読んだ後みたいだ、
それとも小島信夫の「別れる理由」のように複雑だ

それはさておき――

おまえの大好きなカツオのたたきだぞ、喰え
うーん、なんかいつの間にか「僕」が
「俺」になっちゃったのを感じるのだが・・・・

これって気のせいなの?




自由詩 夏草の葉陰に Copyright atsuchan69 2007-07-04 00:28:12
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