海の児のうた
モーヌ。
半ば くらい世界を 見たよ... と
おもい あがった 少年
トマは 12歳
素もぐりで もぐっては
金の さかなや 銀の 貝を すなどった
伸び あがった 岩礁の トマは
海の いろが 一様では なく
たくさんの まだら いろを して
一律では ない ことを
知った と おもって いた
アンファン・ド・ラ・メール
詩人の 吸う パイプたばこの ような
少年 だった 潮風の トマは
箱庭の 学校の プールが 好きじゃない
夏やすみ...
ともだち なんか いないのに
トマが まじめに プールに 通う!
K先生が 愛の 木かげを 背後から さして
すきとおった 羽根で 飛ばせて くれる
日に 焼けた 時間が あまく くるしく なる
ビーナス よりも おくれて エロス が めざめ
レーモン・ラディゲの 走り書きを くりかえす
わざと だんだん うまくなる ふうに 見せた
トマの 泳ぎの にせの 進歩の たびに
先生に 大きいような 黒く やさしい眼で
のぞき込まれた ときの 10センチの 恍惚...
“ ぼくは 騎士に なるんだ ”
ばかな トマは おもって いた
半ば くだけた 聖杯を
自分の 手で 握り ながら...
夏は あらゆる ものを 解放 して ゆく
ビーナスは 肉体を 持って いた
顕在化 された 腕や 脚...
白磁なのに やわらかに 曲線が 律動する
それは とつぜん 照射 されたかの ようで
海の いろが ちがって いた
からだの 変様と ふしぎの 瀆聖
トマは おぼれて しまった...
救って くれた K先生の うでの なかで
トマは 眼が さめた
いっぱいに けがれた おもいの あとで
誰かに あやまりながら どこまでも 逃走 した
真夏の 陽射しが むきだしの こころに 痛すぎて
いつまでも ほてって いた
トマは 水泳に ゆくのを やめた
...トマは ひとりの 海に 帰って いった
もう もぐったって
金の さかなや 銀の 貝は 取れなかった
海の いろが 一様では なく
たくさんの まだら いろを して
一律では ない ことを
知らなかった ことを 知った
トマは イェイツの 文庫本を 読んで いた
“ ぼくは さまよう イーンガスだ ”
トマは おもった
いつか また 取ることが できる
金の さかなや 銀の 貝が
ほんとうの もの なんだ...