沈黙のオペラ
鈴木カルラ

愛情は凍り、そして、砕けた
それは、砂塵となって、ゆっくりと舞い、踊る

破壊され尽くした劇場、舞台、静寂の支配する世界
沈黙のオペラの幕があがる


そう、オペラは
その結果に従って上演されたのだ

すべての残骸が天井を突き抜けてきた光りに眩しく起立する
動かぬ現実の廃墟として、物言わぬ背景として

折れてしまったままにオーケストラピットに散らばる、勇気
かつて、真実という曲を奏でた名演奏者たち
枯れて折り重なったそれらは、その隙間をぬける空気に曲をつける
虚無の曲を
静寂の曲を
無音の曲を奏でる

そう、充たされた空虚の舞台では、物語がすすんでゆく
あの日、甘美な美声で大衆を魅了した、あの、無数の正義が
その信念と良心にもとづいて歌う
黙秘のアリアを
黙秘のアンサンブルを
黙秘の合唱を歌い上げる

そして、世界を縦横に駆け巡り喝采をあびた、過去の自由が
蘇ることのない死体の役を演じつづける
哀愁の死体を
悲壮の死体を
惨劇の死体を演じつづける


もはや、オペラは終わらない
永遠とも思える時間に縛られているかのように

コンダクターはタクトを振りつづけた
しかし、彼の鼓膜は劇場の瓦解とともに破れ
その目はその瞬間に煌いた光りに焼かれたのだ

コンダクターには、何も聞こえていない、何も見えていない

それでも、振ることを止めない
彼は、彼の最終楽章に向けてタクトを振る
いつ訪れるかも判らぬ最終楽章
その終わりのために、タクトを振る
最後の一音のために


それは、終わらないオペラ
沈黙のオペラに最終楽章はあるのだろうか

その時がきたならば
散らばってしまった愛情の粒が
それが、タクトにみちびかれて全てを包み込むのだろうか

そうだ、それは

耳にとどく曲として、耳にとどく歌声として
立ちあがる出演者たちの姿として
それが、沈黙の終わりの合図として、出現するはず

その時のために、彼は、優しく語りかける、タクトをとおして

最後の一音のために希望を込めて

タクトを振りつづける


沈黙を破る一音を求めて


自由詩 沈黙のオペラ Copyright 鈴木カルラ 2007-06-15 21:19:19
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