消えてしまった僕の鼻
なかがわひろか

僕の鼻は齧り取られて
どこかに行ってしまった
僕は自分の鼻の形がとても嫌いだったから
無くなって少しほっとしながら
ひりひりする鼻のあった部分を撫でた

いいにおいや
おいしいにおいが嗅げなくなったのは残念だけど
世の中には臭いものもたくさんあるから
僕は無い方がいいと思う

僕は寝たきりのおばあちゃんの部屋に
毎日お見舞いに行くようになった
前は臭くて臭くて
早くいなくなってくれないものかと
思っていたものだった

僕はそれまで嫌悪していたいろいろな物に
優しく接するようになった
鼻を齧り取られたときは
多少残念な気持ちもあったけれど
今はもうそんなこともない

ある日僕の友達が
僕の鼻を見つけたと言って
僕を呼びに来た

僕は鼻が無い生活に慣れていたから
今更見つかってもどうだってよかったのだけれど
せっかく見つかったのだから
見てみたい気もした

僕の鼻は
高い高い木の枝に
引っかかっていた

僕の友達が木によじ登って
僕の鼻を取ってくれた
みんなが早く早くと急かすので
僕は鼻を自分にくっつけた

僕の顔にまた形の悪い鼻が戻ってきた
みんなは見慣れていたはずの僕の顔を指差して笑った
僕は少し寂しかったけど
夕飯のカレーのにおいがとてもいいにおいだったので
嬉しくもなった

僕は元に戻った鼻をつけて
家に戻った
僕は寝たきりのおばあちゃんの部屋を通らないように
食卓に着いた

鼻が戻った僕は
おばあちゃんの部屋を訪れることはなかった

おばあちゃんはその後何年か生きて

死んだ

(「消えてしまった僕の鼻」)


自由詩 消えてしまった僕の鼻 Copyright なかがわひろか 2007-06-14 01:19:55
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