「ものとおん」#7−#9
リーフレイン

#7 
   夏の雨


少年の夏の葉には蛇の抜け殻の模様がついている
彼があの時流した涙は自己嫌悪の錆びた味がした
乳飲み子の口に含んだ乳は黄色くて甘い 母からもらう最初の贅沢
一生の間働きつかれ黒ずんだ農夫の爪を真綿に包もう
乙女の破瓜の瞬間に呑み込まれた甘美な悲鳴は誰の食卓に上っただろうか
朝一番に結ばれた芋の葉の露を舐めたのは、一夜中眠らなかった猫だった
今年最初の葡萄を頬張った幸運を 一行の詩に引き換えてしまった後悔
恋人の靴の軽快な音色
夜の風車の風音は泣き女の死者の予言に似ているから、
耳をすませてはいけない
女郎蜘蛛が食事をとった 祝祭の生贄
磨かれていない石英が砂山に混じって光る
記憶の断片を次々と結晶化させて 雲のハンマーで砕いた







#8 
   常夜灯に燕の巣  


雨あがりの夕暮れ むんっと沸き立つ足の跡

月が痘痕顔晒してほくそ笑み

蚊のなまぬるい羽音がえんえんと

鳴き枯れた咽喉に 髭しおたれて 

腹満たす猫飯待つとも

主帰らず

主帰らず



常夜灯に燕の巣 寄り来る夜虫の群れを見る




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#9
    施餓鬼


黄ばんで細かいひびが線になっている皿に添えられているはしは
祖母が葬式の棺おけのなかで挿したカンザシに似ていた


大八車の車輪をちゃぶ台にして蓮の葉を敷き、お膳が供される
あれは薪を満載して町に運んだ車だった
コロという名の大型の犬が皮ひもを肩にかけられて一緒にひいて歩いた
コロが死んだあとは、自転車を買った
重くてがっしりして、めったなことでは壊れない
サドルは高くて硬いから、背の低い祖母はペダルの上で立ちこぎをする
祖母のこぐ自転車がちゃぶ台の回りをぐるぐる走る
数年前に父親を一人皿の上に載せて差し出した 
父は半身になって返され、真半分のまま生活している
二枚におろされた魚の切り身のようでほんの少し血が滲む
表情の読めない半分の顔のまま、
花火を見に行きたいとしきりにせがむようになった
一本足がひょうひょうと跳び歩き 
ひゅーきゅーと空気の抜けた音で笑う
今年の膳にも供された半身が干物になって乗っているのが見える
全ての料理は別々の小さな皿に盛り付けられる
皿の一つでは、兄がお経の五色紙を頭に巻いて踊っている
紙は長く伸びていて、母のふところに繋がったままだった
母はあきめくらなので兄の踊りを見ることはない 
手探りで漬物を切っている
漬物は三十年前、祖父が漬け込んだ黒瓜と茄子だ
皿をはしでかちんかちんと鳴らして餓鬼が催促の歌を歌う
調子っぱずれが楽しい 
家中で一番若い娘がお酒を杯についでご機嫌をとっている
餓鬼の飲み料は多いから
家中の入れ物全部に酒を満たしておかなければならない
母はまだ漬物を切っている
上機嫌で餓鬼と一緒に酒を飲んでいる大伯父は、
中途半端に酔いが回ると説教魔に変わるので
うまく酔いつぶす算段をする
母はまだ漬物を切っている わたしはそうめんをゆでる 
そうめんがゆであがる間に、墓磨きにいってこなければならない
年ごとに、施餓鬼の宴は騒々しさを増していく
苔むした墓石を草の束で磨きながら、

ふぇふぇふぇ

ふぇふぇ ふぇふぇ ふぇ 

笑った

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーp区切り


自由詩 「ものとおん」#7−#9 Copyright リーフレイン 2007-06-13 10:14:35
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