般若心経と妹のパンツと汁が飛び交う嬉し跳び大作戦決行日
土田

 その長方形の囲みから抜け出したくて。

 十九時半には、冷凍食品ばかりの飯とばあちゃんのしょっぱい蕪の漬けものを食い終わり、風呂で念入りに自らのそれまでの穢れを洗い流し、最近やっと再就職したばかりの親父が二十時半に帰ってきたあと、その一時間後に、後々のmyチャリンコを迅速かつ丁寧に救出すべく、ガラガラうるさい車庫のシャッターを、ご近所に不審に思われないよう半分だけ開け、それからおれの今までに出した精液の湿気を背負っているような重い布団にくるまりながら、電話帳に女の子の名前が一件も入っていない携帯を三時五十分きっかりに鳴らすべくいじくり、あわよくば夢精の二歩手前、射精の三歩手前まで精神統一ため自らもいじくり、その後、寝巻きの上に、コカコーラのロゴが入った紫のパーカーと、オシュコシュのだぼだぼのカーゴパンツをフィットさせ、二十二時半には、作戦成功の暁に、どかん、どかんと盛大に盛り上がる精液のファンファーレの嵐の予感を感じながら寝た気になる。

 目を瞑りながら、妄想から瞑想へ、瞑想から悟りへ、悟りからデモンストレーションへと転化しそうになって脳内シミュレーションに留まって、まっすぐ行って左へ曲がって、ちょっと行って右へ出て、やっぱり戻って左へ行って、また戻って、カラスしか見ていない世界の中心で、セックスしてみたい女の先輩の名前を三人まで苦渋の選択で絞り込み心に刻み、今にも我慢汁噴出しそうなペニスを、そうやって当初の目的とまったく違う行動を起こすことによって自らを焦らすのも、一種の楽しみであり、後々の嬉し飛びを背面嬉し飛びはおろか月面嬉し飛び宙返りへ転化させながら、まぶたの裏のまなこを血走りながらも寝た気になる。
  
 割れた、きれいな、音、がした。

 実は、いや本当のことを言うと、十五歳のイモウトは、この奇行いやとびっきりの青春の大作戦をひっそりと見守る義務があり、もう、お前を女と認めてはいるが、決してイモウトで自らをいじくったことなどないし、イモウトのパンツやスポーツブラに興味などないし、それでも観念として、イモウトお前を犯してみたいと兄はこっそり思っている。   
 
 割れた、きれいな、形而上の、音、がした。

 その長方形の囲みから抜け出したくて。

 作戦実行日の前の前の晩、藺草の囲みのなかなんて生ぬるくてやってらんない、と親父の二十五度の焼酎「そふと新光」をがぶ飲みし、誰もいないのに、無礼講じゃ、と小声で裏庭ばりの裏林にて呟き、おれの田舎じゃ燃えるゴミは自らの家々で燃やすのが都会への礼儀ってもんでして、ドラム缶に家中の燃えるゴミ突っ込んで、息苦しく、ふ、ふっ、ふっ、ふっ、ふ、すべてが煤になる、すべてが煤になれ、げひっ、げほっ、くるっと一回転、嬉し跳びの一歩手前、前転して泥まみれ、鳥肌立って、イモウトのパンツで洟をかみ、想像妊娠の二歩手前、懐妊したのはちょうど三日前、ふる満タンのお稲荷さんに、よがって、ふんあふん、もふぅん、あふぅん、げふっ、げはっ、ペットボトルも何のその、黒くてて重い煙が空をまぶしてゆき、後々のおれのスペルマはその煙の何十倍の青草の臭いでおれをまぶしてゆくのだが、でもなんだかとっても気持ちよくて、とっても面倒くさいから、とかなんとか言ってみて、言って、自分切ったり、相手刺したり、しちゃってるイマドキの奴らの気持ちになれりゃ世話ねえなって、だからいつの日か、バイアグラの諦観主義に負けても、おれはイモウトを犯さない自信があるって叫んでしまったのがいけなかったんだろうか。

 そうハピィマン、寝た気でも夢を見て、つまりハッピーだから夢を見て、だからいきなり、三密はアナルとペニスとヴァギナじゃなくて、スペルマとカウパーとその他諸々の汁やうんこって、大日如来が言っていたんだよって、ひとり言、性器なんてきれい過ぎるよって、ほんとうに汚いのは人間の内から出たものなんだよって、汚いものこそふかい秘密が隠されているんだぜって、「故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰 羯諦羯諦 波羅羯諦波羅僧羯」、「いろいろ教説はあるけど何も考えないで般若経を唱えれば君もハッピーさ」って、般若心経なんてクソ食らえって言っていたんだよって、ひとり言、だからおれも唱えよう、日本人だから日本人らしく、「故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰 羯諦羯諦 波羅羯諦波羅僧羯」、読み方なんて自由さ、堅苦しいことなんか抜きにして、そうだからハピィマン、寝た気でも夢を見て、つまりハッピーだから夢を見て、寝た気になる。

 その長方形の囲みから抜け出したくて。

 三時五十分の目覚ましのその前の、三時半には起きて、そおと玄関の戸をあけて、半分口の開いたシャッターを見て、もう射精感がこみ上げてきて、もう藤原書店の前に置いてある自販機に欲情したのか、五時間弱も待たせたチャリンコのサドルは露でテロテロしておれはおもわず嘔吐した。

 どうしよう、かあちゃん!

 おもわずの本音に、おれは後ろ嬉し飛び宙返りを失敗して頭を打ち、おれのふかい秘密をイモウトが部屋の窓から凝視していた。

 「わたしのパンツで洟かんだでしょ!」

 割れた、きれいな、形而下の、音、がした。


自由詩 般若心経と妹のパンツと汁が飛び交う嬉し跳び大作戦決行日 Copyright 土田 2007-06-10 21:52:32
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