砂景
月夜野

 浅瀬に人影がうかんでいた
 ゆらゆらと動いているのは髪の毛ばかりで
 まだ生きていた父とふたり
 はるか野の際をいく船に手を振り
 斜面の草をゆらす風に
 白い花びらをちぎっては散らした
  
 別れのはじまりはこんなにも唐突で  
 わたしはふいに折り重なっていく予感に
 編みあげた冠をかぶることも忘れて
 鈍色の裂け目にのまれるように遠ざかる
 父の背中を見送った

    ***

 しうしうと
 砂の降る音がする
 垂直に交わる部屋の四隅から
 天井から 桟から 扉から
 威嚇するヘビに似た金属音を発しながら
 わたしの背後にみるみる砂山を築いていく

 気がつけばすべてが砂であった
   
 崩落の中に溶けていく万象
 徐々に霧散していく諸々のかたち
 何者かの手によって注がれる力の帯が
 徐々に虚空へと引き上げられると
 かたちは輪郭を失い 砂粒となって崩れ落ちる
 形象にすぎないわたしたちの
 日々の磨耗とその消滅

 人の目は気づかない
 きのうのあなたはもう あなたではなく
 今日のあなたも
 明日には あなたではなくなること
  
    ***

 浮かぶ人影を見た日から
 幾度目かの年の六月の真昼
 父は白くかぼそい煙となって
 大気の中を昇っていった
 火葬場には夏の気配を秘めた光がうつくしく踊り
 不思議と人の死の匂いはしなかった  
 ただ焼香する人々の喪服の裾から
 かすかにしうしうと
 砂のこぼれる音が聞こえた
 わたしの小さな
 砂の耳に
  




自由詩 砂景 Copyright 月夜野 2007-06-06 21:03:02
notebook Home 戻る  過去