小詩集【金貨のためのオルゴール】
千波 一也




一、星が生まれた日


  少年が落としてしまう、
  それは
  あまりに
  優しいもので
 
  いつまでも思い出は
  少女のかげをしています


  夢から覚めて
  くちもとに
  残るのは
  あどけない運び、です


  名前はもろくも
  かたくなで、
 
  呼ばれています
  呼んでいます
 
  かぼそい首の
  うつむき、かたむき、
  すべてのかぜと
  宇宙にのって

  あてにならない
  かがやきを
  いま、


  広がりゆくのなら
  閉じてゆくべきですか

  そんな声すら
  だれかの地図へと
  消えてしまうけれど

  ずっと、昔から




二、ショコラ猫


  みんな、猫です

  首に
  きれいな鈴を鳴らせて

  どこが町でも
  どれが月でも

  慌てず
  とまらず
  つながります


  眼のなかに
  吸いこまれていった約束など
  とうの昔のまろやかさ

  いまさら
  研がずとも良いではありませんか
 
  耳ひとつ、
  あるいは舌で
  事足りるというのに


  真っ黒な闇夜は
  いつからか留守になり、
  ふしぎな時計と
  こんばんは

 
  おぼえて
  いましたか
 
  気づいていますか

  その菓子の
  もともとのいろ

 
  なくしていない、
  鍵穴とろり




三、噴水


  それは
  たやすい無限の
  数、かたち


  みつめることで
  遠のいて

  聴かないつもりが
  響きあう


  おおやけの園、
 
  あかるいことも
  暗がりも
  おなじ
  花

  誰かのために
  誰をも
  えらばず


  金貨は
  そういうなかで
  錆びてゆく

  だから、光

  それだけは
  疑いようもないのに

  疑わずにはいられない


  さようなら、は
  あと幾つ

 
  水のなかの風

  その向こう、
  遙かな問いかけが
  空なのかも知れない




四、オルゴール弾き


  胸のうちにある
  たしかな
  金属は

  この世でたったひとつの
  かなしみです

 
  生身であることを
  証すための痛み、なら

  どんな音色にも
  そのゆびを

  いとしさを


  奏でるひとが
  いてもいい

  けれどもそれは通過点
 
  やがては弾いて
  傷になる

  いつか
  どこかで
  なにかをかばう


  途切れ途切れ、が
  なめらかさ

  嘘だとか
  ほんとうだとか
  そういうことではなく

  ささやかな
  すべての箱への
  お返しに

  夢のそとから

  古い
  軌道で




五、予感


  涙から
  とおいところばかり
  数えていたら

  行き止まりさえ
  意味をなさなくなってしまう


  天使のうたは
  たいようだけのもの、ではない

  雷雨はかならずしも
  おそろしい顔をしていない


  めぐり逢いたければ
  包みこむこと

  たやすい顔では叶わない
  すべてに
  すべて、と
  満ちてゆくこと
 

  崩れてゆくようにして、
  つぎは
  はじめて
  つぎ、になる


  押しても
  流されても
 
  おなじ尾のために
  繰りかえされる
  ものがたり


  雨をすくっても
  雲をえがいても
  虹をのがれても

  予感はこぼれる

  素直なままを
  それぞれに
  ただ








自由詩 小詩集【金貨のためのオルゴール】 Copyright 千波 一也 2007-06-06 08:06:35
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