箱の隅の断想
をゝさわ英幸

海のない海辺。
砂から突き出た、跳箱のような駱駝の死骸の瘤。
得体の知れぬ不可視光線によって蝕まれる膚。
虚空に漂い、あらゆる輪郭を溶かしだす陽炎。
方角のない土地。
風に舐められた砂が舞い、目鼻や口に入り込もうとも、彼はひたすら歩き続ける。
だが、目的は、出口はあるのか。
無いかも知れぬ。
それでもやはり歩き続ける。
上を見れば暑さの源。
だが、太陽を憎む道理は無い。
下を見ればあるのは砂だけだった。
目的への道は無い。
彼は立止まり考えた。
「だが、目的はある筈だ」
前には果ての無い砂原。
砂に埋もれる足から戸惑いが湧き上がる。
「オアシスは本当にあるのか? どこかにあるだろうが、けれど俺の進む方に果たして……」
彼はまた思う。
「雨。雨ならどこに居ても同じだ」
雨―それはあり得べからざる奇蹟であった。
かれは雨を口実に堕落し、忽ち腰を下ろした。
横になり、伸びをしようと首を仰け反らせた時だった。
はっとした。
道があったのだ。
これまで歩んできた足跡が道になっていたのだった。

――己が足で造った道。
  その果てには、青と緑で潤ったオアシスがあった。
  人々の享楽の声、生きた駱駝の戯れ、
  仲睦まじき鳥の囀り、麗しき菫……だが、起き上がらなかった。
  体がもう言うことをきかない。
  それにも増して、そこは余りに遠すぎる目的のように思われた。
  思いもよらぬ、久遠の空間に置去りにされた目的。
  彼は思う。
  「俺の辿った道にオアシスは無かった。意味無き道を造っただけかも知れぬ。
  何故って、砂はすぐに道を覆うから」

……記憶の流れが、波を打って逆流してゆく。
  蹉跌の始まりはどこだったのか?
  泥濘(ぬかるみ)の如き砂原での躓きの連続、
  終り無き躓き、
  では生存の意味は?

それらの囁きが頭を彷徨う

……「永遠の蹉跌、その為にオアシスを見過ごしたのだろうか。
   だが、もういい。目的は無かったが、出口はあったのだから」
 
やがて彼の意識は薄れていった。


自由詩 箱の隅の断想 Copyright をゝさわ英幸 2007-06-03 09:28:46
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