死に神
はじめ

 冷たい空の下街を見下ろしながら死に神は救急車のサイレンに合わせてリズミカルに踊る
 ママからプレゼントされた巨大な鋭利な鎌を振り回して それは血塗られた三日月のようだ
 今日も魂を刈るのが楽しみだ 死に神は病院にいることが多いのだ
 しかしもう既に他の死に神達も病院に来ているらしい 仕事は時間が勝負だからすぐに直行しないと他の死に神達に魂を取られてしまう
 しかしこの死に神は呑気な性格だから鎌と同じ形で浮かぶ月と星空を眺めて遠ざかるサイレンに合わせて絶頂で会社をクビになっても厭わないといった調子で全く病院に向かおうとしない もう手遅れだと思っているのだ
 携帯電話が鳴って 奥さんからの着信を出ると 物凄くどやされた 彼の言動など奥さんはお見通しなのである しおしおになった彼はしかたなく病院へ向かった
 病院では慌ただしい喧騒の中 暴動が起きていた 生き物達には見えない死に神達の心筋梗塞の70代女性の魂の取り合いである しかも違う会社から来た天使達が魂を刈られないように必死に祈りを唱えて食い止めていた 死に神達の激しい魂の争奪戦に輪をかけて天使達が死に神達を必死に取り押さえて緊急手術室は滅茶苦茶だった 死に神はその輪の中に入ることができず 溜め息をついて頭を掻いた これはもう入れそうにないな これで魂を取りそびれたら今度こそ会社はクビだなと心底思った 鎌をピカピカでツルツルの床について 口笛を吹きながらなんとか群集の中に入れないだろうかと首をクイックイッと動かしながらその隙間を窺った
 すると突然群集の中から 獲ったぞー!! とある顔見知りの出世株の死に神が乳白色の胃の形のようなバタバタする魂を掴み取って掲げているのが見えた 他の死に神達はなんだはぁー っと溜め息をつき天使達は天に向かって祈り嘆き悲しみながら解散していった 魂を刈るのに成功した死に神はルンルン気分で飛び跳ねながら病院を後にした 女性の遺族が集まってきて嘆き悲しんでいた 死に神はその様子をじっと見ていた 死に神って嫌な奴だなと心の中で思った 遺族が帰った後静寂さだけが残っていた
 自動販売機でジョージアのエメラルドマウンテンを買って寂れた公園のブランコに乗ってキィコキィコ揺り動かしていた 今度こそクビだとさっきよりあまり気にしていない様子で缶コーヒーを飲んだ彼は 煌々と輝く三日月に見える月をじっと眺めていた 妻とは離婚だなと彼はしみじみ思った 子供はできなかったが楽しい生活だったなと彼は思った 野良の秋田犬が死に神の方を向いてじっと立っていた お前は一体何を見ているんだと死に神は思った ブランコが独りでに動いているのを不思議に思っているのだろう ワン公お前はなんて可愛い奴なんだ と彼は何故か瞳を潤ませていた ブランコを降りて秋田犬の頭を撫でて空に浮かび 鎌を枕にして夜が明けるのを待った 夜が明けると会社に行って辞表を出して家に帰って妻の離婚届に判子を押した 雲の上で昼寝をした後 大都会の空へ降りた そして今日も救急車のサイレンに合わせてリズミカルに踊り暮れた


自由詩 死に神 Copyright はじめ 2007-05-21 00:02:07
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