スーパー壬生寺
カンチェルスキス









 八千草薫っていいよね、と言う。正月の高校サッカー観ながらコタツに一緒に入っていたいね、とも言う。誰がこんなことを言うんだろう。八千草薫とピンポン球のどちらがかわいいかと言われれば迷うところだが、おれが好きなのはピンポン球を扱う八千草薫だ。相当かわいいと思う。八千草薫がしきりにピンポン球を誉めている。広い庭のある伝統的な和の家の縁側で、まるで誰かに習ったかのような座り方で正座している。そばに白を貴重とした毛並みのよい猫が座ってる。八千草薫のピンポン球を誉める声にうっとりして、この猫もやすやすと眠れる。パウダーみたいにやさしく降り注ぐ日の光。八千草薫はピンポン球を誉める。
「すごいよねえ。すごいわあ。とにかくいいわあ、このデフォルメが」
 フォルムだろ、とは突っ込んではならない。というのも、彼女も高齢だ。大目に見ようじゃないか。
 夕刊が届く時間だから、午後の三時かそこらへんの時間帯だ。昼めしはほうれん草のおひたしとにゅうめんと山菜御飯の余りで作ったおにぎり。食後にはカルピスを飲んだ。
 誉められて、ピンポン球の形状がおかしくなってる。縦に伸びたり、一回り収縮したり、これじゃまるでゴムだ。ゴムであるならそれはスーパーボールとかあのへんの球になってくる。八千草薫はスーパーボールは嫌いだ。彼女がスーパーボールを嫌う理由はこうだ。
「とにかく名前が嫌い。スーパーだなんて。みんなスーパーって使い過ぎなのよ。スーパーマーケットにスーパーカラオケ、スーパー天丼、スーパー腕立て伏せ、スーパー防空壕、スーパー車庫入れ、スーパーモンダミン、スーパー盗塁、スーパー産婦人科って。今じゃスーパー銭湯なんてのもあるでしょ。何ですか、スーパー銭湯って。銭湯にスーパーもミラクルもガッツもないでしょう。銭湯は銭湯で、頭に何か別の言葉がついちゃだめなのよ。だって、銭湯は裸で入るものでしょ。余分なものは要らないの。あらっ、おかしいわ、わたし、落語家みたいなこと言ってる。きっと、昨日4回シャンプーしたせいね。ふふ」
 ふふ、と笑う八千草薫はかわいい。それを見たピンポン球もこれ以上跳ねれないぐらい跳ねている。誉められる以上に彼女の笑顔を見るのが嬉しいようだ。そのはしゃぎように眠りに落ちてた猫も目を覚ましてしまい、手持ち無沙汰になって、鳴門の渦潮観戦ツアーに参加してしまった。どの渦が最終的に勝つか見届けるツアーらしく土曜日の朝刊に案内のチラシがはさんであったのだ。猫が家を出るとき、八千草薫はこう声をかけて送り出してやった。
「まばたきしてる間に勝負が決まっちゃうと後悔するから、まばたきしそうになったときは受験勉強に連夜勤しむ学ラン学生の必勝鉢巻を思い出してね、ほら、あるじゃない、よく漫画とかで。ジャニーズの5大ドームツアーに参加する主婦の団扇の狂乱ぶりを思い出してもいいわ。ああいうのって、ほとんど宗教ね」
 白猫は反抗期だ。いろいろ言われたことに腹を立て、こう返した。
「スーパー渦潮号に乗っていくよ」
「なんで渦潮にスーパーがつくのよ、そんなのおかしいわ。それに、渦潮に乗ってどうやって鳴門まで行くのよ。渦潮は、鳴門で誕生してるのよ」
「スーパーヴギウギ」
「何言ってるのこの子」
「じゃ、行ってくる」
 白猫は渦潮観戦ツアーに出かけた。残された彼女は、しばらく苛々していた。ナムルという言葉を映像は思い出せるのに思い出せないときの何で出てこうへんねんあの言葉という焦る気持ちに似ていた。
「スーパーなんて大嫌い!」
 と言いつつ、彼女はその日の夜七時から始まる市民ホールのスーパー寄席を見に行くことになっていた。一緒に行くために訪ねてきたお友達が家のインタフォンを鳴らした。スーパー寄席が始まるまで市民ホール近くの和菓子屋さんでお茶をするのだ。
 立ち上がった瞬間に、彼女は細長い蛍光灯みたいに伸長してたピンポンを踏み潰してしまった。まあ、つまり、ピンポン球は羽を伸ばしていた。どこに羽があるのかわからない。ただ、リラックスしていたのだ。
「寄席は常にスーパーよ。NO REASON スーパー寄席」
 彼女の口癖だった。知られざる一面になるんだろう。また、こんなことも言っている。
「ピンポン寄席なんてないでしょ」
 消防職員の緊急出動みたいな素早さで消防服を脱ぎ着物を着付けて、お友達と出かけてゆく。市民ホールに行くといつもお腹の調子が悪くなるが、今日はカルピスも飲んである。何の心配もなく、スーパー寄席を楽しむことができる。そのことがわかって、彼女はうれしくなった。
 見れば、ピンポンは元の大きさに戻って、凸凹になっていて、その形状なんかは、おれの目から見ても、かわいい。もう二度と跳ねることのできないピンポンは自分みたいで、かわいい。



 




散文(批評随筆小説等) スーパー壬生寺 Copyright カンチェルスキス 2004-05-07 15:06:13
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