初夏
吉田ぐんじょう
・
初夏の山は
いいにおいをしたものを
たくさん体の中に詰めて
まるで女のように圧倒的な姿で
眼の前に立ちはだかってくる
たまに野良仕事をしている百姓が
山に見惚れていることがあるが
あれは欲情しているのだろうか
・
わたしの生家は山のふもとにあって
四方を水田に囲まれている
その為に
陸にあるのに孤島のように見える
ちょうど今頃の時期になると
水田には水が入り
休日に青空が植えられるので
晴れた日には空も周囲もみんな青くなる
まるで浮かんでいるみたいな気持ちである
・
夜になると水田からは
蛙の泣く声がきこえる
初夏に泣く蛙はご先祖様の生まれ変わりで
帰りたい
帰りたい
と泣いているんだよ
と教えてくれたのは祖母だったろうか
それを聞いて以来
あまりに蛙が泣く夜は
切ないような泣きたいような気持ちになってしまう
・
初夏に生い茂る草は
なぜかみんな?の形をしている
ヴィクトリーの?だろうか
一体何に勝ったのだろう
それはわたしにはわからないが
夕暮れに一斉にゆれる?の群れは
確かにこの世で
もっとも強く美しいものに見える
?の群れが
ざざざ
とゆれる音は
まるで激しい夕立か
さびしいときの心臓の音のようだ
・
子供が幾人も駆けてきて
てんでに飛び上がりながら
夕空を千切って食べはじめた
ここらの子供の頬がいつも
滑稽なくらい赤くてぴかぴかしているのは
こうして毎日
夕空を食べている為であろう
飛び上がる子供たちは
夕日を背に
骨が透けて見えるような儚さで笑っている
・
初夏はさびしい
くちいっぱいに広がる風は
薄荷の味がして
初夏はさびしい