君の来ないアパート
藤原有絵
非常階段の隅っこに小さな灰皿
割とヘビィな銘柄の吸い殻
押し付けられて そのまま
残された抜け殻か それは
空気を震わせながらする呼吸は
僕の部屋ではやけに神聖な行為で
深く閉じた目蓋 そのまま
息が詰まる程の それは
ぼんやりと玄関の前に突っ立って
僕は動けなくなる
コンビニの袋がどさりと落ちて
扉に手をかける
冷たい指に注がれる視線だとか
三年経っても
少し緊張の混ざるこんにちはだとか
目覚めた夜更けの
亡霊みたいな泣き方
初めて会った瞬間の
無言の誰何
こじ開けた時の笑顔
君を破って小さくなったものが
この角部屋にちりぢりと
もの言わず僕を捕らえてしまって
こんなにも苦しい
それが情けないのか
当たり前なのか
君に訊けやしないし
デジタルな書き置きは
君の生活に似つかわしくなくて
どう扱っていいか知らないし
僕の口の悪さと
君の沈黙の凶暴さは
ある意味同等なんだって
笑って言って
その痩せっぽっちの指に
触れていいかい
君に
来ないの なんて
そんな言い方でも
来てくれるかい
立ち尽くす 玄関の前で
同じお日様に当たってさ
同じ気持ちになったなんて言わないけど
でも 切ない
だからあたたかい
指は震えている
呼吸のように
君の電波を捕まえようと
このアパートで
まだ繋がっていたい
たったそれだけ