曼陀羅寺へ
たかぼ

曼陀羅寺へは湖沼の脇のあぜ道を
通って行かねばならない 丈の低
い湿原植物の群生が道を覆い隠す
ように拡がっている 湖沼にはぼ
んやりと霧が立ちこめ向こう岸は
見えない 風はなく水面はほとん
ど動かない 誰もいないあぜ道を
ただ与えられた義務を遂行するよ
うにたんたんと歩く 湖沼を左手
に見ながら進んでいるその道は少
し左の方に曲がっている 一つの
疑問は何故自分は曼陀羅寺へ向か
っているのかという点だ しかし
人というものはしばしば自分の行
動の説明ができないのではないか

かなり歩いたところで私はもう一
つの疑問を持つに至った 曼陀羅
寺はどこにあるのか それにいつ
まで歩き続けなければならないの
か よく見ればここは先ほど通っ
た場所に思える どうやら私は湖
沼を一周しただけのようだ ため
息 ふと岸辺に目をやると 一人
の翁が釣り糸を垂らしている姿が
見えた 灰色の粗末な支那服と支
那帽 ヌマガヤの草に腰をおろし
背中を丸めて縮こまっているうし
ろ姿 すみません 曼陀羅寺は何
処ですか 老人は振り向くと無表
情のまま私を見つめ下を指さした

そこには岸から湖沼の中心に向か
ってのびる 一本の細い橋があっ
た 霧がかかっていたために気づ
かなかったのだ そうか 曼陀羅
寺は沼の中の小島に建てられてい
るのか 私は無愛想な老人に軽く
会釈しながら橋を渡り始めた や
っとたどり着ける そう思う安堵
感のかわりにしだいにつのってく
る不安 湖沼の霧の中をすすんで
ゆくにしたがって 私の胸は早鐘
のような音を立て始めた だがし
かし 橋は沼のほぼ中央で突然終
わっていた そこには小島はなく
ましてや寺もあるはずがなかった

そのとき全く突然に 私は悟った
私は既に曼陀羅寺に着いていたの
だ 湖沼 あぜ道 老人それら全
てが 曼陀羅寺なのだと そして
自分が曼陀羅寺の中心にいること
を鳥瞰した と同時に霧が急速に
消えていき 湖沼は枯渇した し
かしそこに湖底はなく 茫洋とし
た巨大な穴がひらいているのだっ
た 圧倒的な存在感に押しつぶさ
れそうな気がした そして穴の底
から浮かび上がってくる 甚大な
光り輝く球体を見た時 早鐘は胸
を裂かんばかりに鳴り響き 意識
はしだいに遠のいていくのだった
 



自由詩 曼陀羅寺へ Copyright たかぼ 2004-05-05 17:10:22
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