クローバー
優羽
?
目覚めたとき、そこは閉鎖的な暗闇だった。この嘴でつつけばいいということは本能でわかった。しかし、新しい世界への不安、未知への恐怖がそれを拒んでいた。どんなことが待っているかわからない。それは幸福かもしれないし、不幸かもしれない。だがこのままここにいる方が恐ろしく、寂しいことだと気づき、私は私を包み込む殻を恐る恐るつついた――。
目の前に広がった景色は、見覚えのあるものだった。小川のせせらぎがのどかさを象徴しているようなこの場所は……。間違いない、あの人との約束の場所だ。辺りを見渡したが、誰の姿もない。小さなため息をついた。しかし、たどり着いた。ついにここへ来た。私はそのことが嬉しくてたまらなかった。ここはどれだけいても飽きることはない。優しい風が吹く。草花がサワサワとささやく。私は昔を思い出しながら、ゆっくり待つことにした。
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「あーあ。なんかもう疲れたなぁ」
私はブランコをこぎながら言った。
「はは、生きることに?」
「うん」
そんなことを空を見ながら話すのはもうお決まりのことだ。今日は星がよく輝いている。私は空を見るのが好きだ。なぜならどこにいても繋がっているような気持ちになれるから。日本のどこにいても、地球のどこにいても空を見上げることはできる。そんなことを考えると、出会ったことのない遠い国の人さえ愛しく思えた。
「なぁ」
「ん?」
「線香花火ってあるだろ?」
「うん」
「知ってるか? 最後まで落ちなかったら、願いが叶うっていうジンクスがあるんだってさ」
「え、そんなの初耳。やりたいやりたい!」
言うと思った、とでも言いたそうに笑い、トートバックの中に手をつっこんでゴソゴソ探し始めた。用意のいい彼のことだからきっと買ってきたのだろう。ほら、と案の定線香花火を出して私に投げた。
「火は?」
「ばっちり」
と、ライターの火をつけてみせた。そんな無邪気な彼をくすくす笑いながら、私たちはこの夏最後であろう花火をはじめた。
「……ねぇ、何お願いするの?」
「そっちは?」
「んー、ずっと一緒にいられますように、とか? なんかありきたりだなぁ」
「じゃあさ、来世もまた出会えますように、ってのは?」
「いい! えっとね、景色が綺麗で、小さな川が流れてて……」
「注文多すぎだし!じゃあそんなとこ探して待っといてよ。俺探すし」
「了解、今度はちゃんと待つから。約束、ね……?」
「おう。お前はきっと鳥になってるな、空好きだし」
「だといいな。もちろん二人でいろんなとこ飛び回るんでしょ? 楽しみだな。早く来ないかな、来世」
「まだ線香花火も終わってねぇよ」
そのつっこみに私はまた笑ってしまった。でも心では笑えてなかった。私には付き合っている人がいた。それは今ここにいる彼ではない。彼はただの幼馴染。いや、ただのではなく大切な、だ。私はずっと彼に片思いしていた。そして今もその気持ちは変わらない。けれど待ちきれなかった。彼が私を想ってくれたときには、私は告白された別の人と付き合い始めていた。簡単に言えばすれ違ったのだ。だからこそこの約束は私にとって最後のチャンスだった。
「あ……」
私の線香花火はぽつん、と地面に落ちてしまった。本気でジンクスを信じた訳ではないけれど、二人の未来までもが消えてしまったようで切ない気持ちでいっぱいになった。
「そんな落ち込むなよ。ほら、見ててみ?」
(パチパチパチ、パチパチ、パチ)
消えた。彼の線香花火の光は大きさが小さくなりながらそのまま消えていった。
「な?落ち込むことなかったろ。これで来世の夢は叶ったぜ」
やったね、と互いの手を叩いた。ずっと触れていたい。私は望んではいけないことを考えていた。すると、彼の方から手を握ってくれた。彼には私の考えなどお見通しだった。
「来世でもよろしくな……?」
「うん……」
「お前の好きなもの持ってくから。俺だってわかるように」
「私の好きなもの……?」
「みればわかるよ」
――そして私たちの夏は終わった。
?
あまりにも気持ちよくて、少しうたたねしてしまったらしい。約束の話を思い出していたからか、遠い昔の自分の夢をみた。少し胸が苦しくなった。あの人はここに現れるのだろうか。私はちゃんと待つことができるのだろうか。考えれば考えるほど不安はつのっていった。
すると、空から何かが降ってきた。草原の上に落ちたものをみると四ツ葉のクローバーだった。それは私の名前であり、空と同じぐらい私の好きなものだった。私はもう一度辺りを見渡した。誰もいない。どこから降ってきたのだろう。そうだ、空から降ってきた! 上を見上げると一羽の鳥がこちらへとゆっくりまわりながら降りてきた。間違いなくあの人だった。
「ちょっと遅れたな、悪い。幸葉、それ好きだったろ?」
幸せの葉とかいてゆきは。私の遠い昔の名前だ。私は思わず泣いてしまった。彼は優しく寄り添ってくれた。温もりを感じて私はさらに泣いてしまった。
「やっと私たち、出会ったんだね」
「おう」
「これからよろしくね」
「だな」
そして私たちはどこまでも続く空へとはばたいた。