小詩集「言い訳」(01-10)
たもつ

01
潜水艦が勝手口から出航する
数名の水夫と
グランドピアノを一台乗せて
裏面にへのへのもへじが書かれた広告は
窓を開ければ
風に飛ぶだろう


02
電話会社から届いた明細を
女は男と見ている
コーヒーカップの中には
誰も訪れることのない
見世物小屋が建っている


03
役所の戸籍係が
トンボを一匹捕まえた
指先はいつものように湿っている
他に特記することもなく
その日は
掌に人という字を書いて終わった


04
緑地帯の雑草は
ある日きれいに刈られていた
子どもたちは走り
そのために置かれた砂時計は
まだ時を刻んでいる
漁港のある小さな町にも
短い夏がきていたのだ


05
距離は人の囁きのように
わずかばかりの水分を含んでいた
誤字の見つかったメニューは
テーブルに置かれることなく
店の人によって廃棄された


06
深夜のテレビに映る
砂嵐の砂を
一粒一粒数えている
雨戸の近くで動かなくなった
てんとう虫の生死を
そこからは判別できなかった


07
シーソーに
ボードゲームを乗せた
もう片方に何を乗せるか
憲兵たちは終日もめた


08
植物売り場の隣にある
小さな飛行場に
複葉機が数機着陸している
レジの女性は
長い髪の毛をかきあげて
明日の天気の話と
他の生き物の話をした


09
エスカレーターの場所を聞かれたので
あちらです、と教えると
その人はすっかり安心した面持ちで
あちらです、の反対に歩いて行った


10
クレゾール、くれ!
と象からの留守番電話
鳩のために刑事はかける
それは喩えるなら
きっと春
明日は多分もっと優しい


自由詩 小詩集「言い訳」(01-10) Copyright たもつ 2007-04-23 22:27:53
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